日本海セトロジー研究会第11回大会
ポスター発表


(In English)


目次


P1 シロナガスクジラ・マッコウクジラ・シャチの調査報告 1994−2000年

荻野友希・荻野みちる(国立科博友の会)

シャチ
北海道浜中町に
ライブストランディング
(写真提供 澤辺利美)

 シロナガスクジラは,日本海および日本近海に生息または回遊してくるのか.この仮説を1994年に打ち立てて(荻野,1995)から,写真撮影を用いた目視調査を継続している.残念ながら,この7年間の調査でほとんど期待できる結果がないことは残念である.しかし1996・97年日本鯨類研究所の調査船が目撃した報告(藤瀬,1997;石川,1998)があり,またストランディングデータでも(シロナガスクジラの目撃・漂着の報告ではないが),1998年山口県角島に漂着したナガスクジラ科2種および石川県に漂着したナガスクジラを考慮すれば,決して可能性は否定できない.1900年代初めに日本近海でシロナガスクジラが捕獲された記録(松浦,1935)もある。今後の長期的な調査を継続しつつ,生息回復を強く願うものである.

 マッコウクジラにおいては,太平洋側での日本近海の目視情報は思ったよりも多く,また各地でのホエールウオッチングでも一年の決まった季節に目撃がある.さらに,今まで日本海でのマッコウクジラの目撃および捕鯨の確かな記録がなかったことを顧みると,1998年10月1日に山口県油谷湾にマッコウクジラが迷入したことは特記すべき出来事であろう.今後,写真撮影を用いた目視調査による個体識別が期待できる.

 マッコウクジラに比べて日本近海でのシャチの目撃情報は大変少なく過去のストランディングデータも10件と少ないが,北海道および山口県沖での目視情報,今年になって2月21日名古屋堀川の河川迷入,また5月3日静岡の駿河湾富士川河口近くへの迷入などが起きていることから,今後の継続した調査が期待できる.シャチの写真撮影による個体識別は比較的容易で分かりやすく一般からの情報も期待できる.

 日本近海を含めた北半球におけるシロナガスクジラ,マッコウクジラ,シャチの過去7年間の目視による調査報告と過去のデータとをあわせて報告する.


P2 日本近海におけるシャチの目撃情報について

塚田克己,牧野直美,増田春美(日本シャチ研究会)

 ここ数年,日本各地においてホェールウォッチングを行う海域が増え,またそれに伴い日本近海における鯨類の目撃例が増えている.しかし,残念ながら,日本においてはその生態を把握する上で,それらの情報はあくまで個人及び研究者に所属するものであり,残念ながら日本近海におけるシャチの正確な戸籍簿が作成されていないのが現状である.

 また,海外ばかりでなく,日本近海でのフィールド研究の構築も重要であろう.我々は今後日本においてもシャチの目撃情報写真提供を広く関係者および一般に呼びかけ,シャチの研究に貢献することを目的としている.

 シャチの個体識別はその身体的特徴から写真による調査で可能であり,比較的簡単に行うことができる.実際海外に目を向けると,個体識別によるシャチのフィールド研究は,70年代カナダ・バンクーバー島周辺で始まり,同様の研究が世界各地で行われている.その識別は船上から比較的確認しやすい,背びれの形や傷,背びれ基部の斑模様をもとに行われている.

 この研究に大きく寄与しているのがホェールウオッチング船や漁船等研究者そして一般からの情報である.日本近海においても,漁業関係者による調査協力はもとより,日本近海におけるホェールウォッチングのブームに伴い,一般市民も目撃情報収集に参加できることをアピールする事は,シャチの戸籍簿づくりおよびデータ収集に良いきっかけとなり得るのではないだろうか.

 そこで私達は94年以降行ってきた,シャチの観察を通して得た情報や写真等の資料を公開・発表する事により,日本近海における非致死的個体識別によるシャチのフィールド研究の基礎を築くべく,その成果を発表する.


P3 胃の中にイカ確認―日本海沿岸に漂着したメソプロドン―

小笠原 士(近畿大農学部昆虫学)・工藤英美(日本第四紀学会)・小笠原 敏(小笠原工作所)

【はじめに】 これまで,オウギハクジラの食性に関しては,ドスイカやスカシイカの一種の顎板などが発見されているが(山田ほか,1995),今回,漂着したメソプロドンの胃の中から,未消化のイカを発見したのでこれを報告する.

【漂着個体について】 2000年3月22日,秋田県男鹿市北浦漁港の西側にメソプロドンが漂着した.
我々が連絡を受けて漂着現場にかけつけたところ,漂着個体の体は,右半身の表皮や筋肉のほとんどが欠損しており,内臓も散乱している状態であった.そのため,内臓の消化器系の一部分は,渚に浮かんでいたものを引き上げた.
漂着個体の体長は,脊椎骨がねじ曲がっていたために正確な数値ではないが,486cmであった.生殖孔の周辺を明瞭に観察することができなかったため,漂着個体の性別を判断することはできなかった.残存していた表皮は黒色であった.下顎に歯の萌出は認められなかった.
骨標本として,頭部を採取し,水浸して保存している.

【胃内容物について】 渚に漂っていた胃の外観は,血液などが海水で洗われたせいか,白く変色していた.胃を切開してみると,内壁は淡黄色で局部的に紫色をしており,内壁の襞が深く形もはっきりとしていた.
胃内容物は,イカ2個体,イカの眼球が3個,ロープであった.胃の中では,イカの触手とロープがからんでおり,イカの眼球は襞の奥に埋もれていた.イカは濃黄色に変色しており,取り出して計測すると,およそ体長10cmであった.また,眼球の直径は3.5oであった.計測と写真撮影の後,イカの個体と眼球は10%ホルマリン溶液に液浸して保管してある.

【おわりに】 今回,確認したイカは,まだ同定はされていない.今後,漂着個体から採取した頭骨と共に精査することによって,日本海に生息するメソプロドンの生態解明の一助となることを期待している.


P4 角島に漂着したクジラ3種

戸島 昭(山口県文書館)・藤岡茂夫(角島自然観察指導員)

[角 島] 角島は,本州の最西端に位置する山口県の,さらにその最西端に位置し,日本海に突き出ているため,対馬海峡を北上する暖流がぶつかる島であり,その沖合は,三方が海に開けた山口県にあっても,最も恵まれた漁場である.人口はおよそ1,000人で,漁業を主とする尾山と,農業を主とする元山の2集落があり,今年の秋には角島大橋が開通する.

[ニタリクジラの漂着] 1998年9月5日,角島の北海岸−日本海に臨む−に,巨大なヒゲクジラ1頭の下半身が漂着していることを戸島・藤岡らが確認.損傷と腐敗が甚だしく,頭部は発見できなかった.上腕骨1個,肩甲骨1個,肋骨12個,舌骨1個,椎骨多数を採集.9月9日,荻野みちる氏(国立科学博物館)が骨盤骨1個,試料数カ所を採取.10月2日,山田格氏(国立科学博物館)がニタリクジラの可能性が高いと判定.以後も藤岡が採集した骨格は,角島に保存し,活用の道を探っている.

[「ツノシマクジラ」(通称)の漂着] 1998年9月11日,角島の尼ヶ瀬戸で漁船と衝突したヒゲクジラ1頭(体長11.5m)を漁民が引き揚げ,元山港に曳航.9月14日,山田格,倉持利明(国立科学博物館),大石雅之(岩手県立博物館),地曳会美(東京大学農学部解剖学研究室),伊東耐子(元下関水産大学校)各氏らが解体調査を実施.ヒゲ板(左右),胸鰭(左右),試料数カ所を採取.外部形態からは既知の種のいずれとも同定できなかった.地元協力者多数.同日,内山勉氏(角島漁業共同組合長)ら,クジラを角島の南海岸−響灘に臨む内海−の砂丘に埋葬.1999年3月15日〜18日,山田格,和田志郎(中央水産研究所),大石雅之,石川創(日本鯨類研究所),徳武浩司(八景島アクアミュージアム),中村清美(下関水産大学校)各氏ら,骨格発掘調査を実施.骨成長の終わったクジラの骨格であることを確認し,計測を完了.骨格からも既知の種のいずれとも同定できなかった.地元協力者多数.10月4日,山田格,宮本召吉(西尾製作所)両氏ら,「ツノシマクジラ」のヒゲ板,頭骨,下顎骨,肋骨などの島外搬出を完了し,骨格標本の製作に着手.地元協力者6名.2000年3月,骨格標 本の製作を完了.4月,国立科学博物館,骨格標本をつくば研究資料センター資料庫に収納.「ツノシマクジラ」の分類学的位置付けについては和田,山田,大石3氏が現在検討中.

[カマイルカの漂着] 1999年4月,角島の元山港にカマイルカ1頭が漂着.同日,角島の南海岸の砂丘に埋設.11月6日〜7日,藤岡・戸島は中村清美,荒尾精二(宇部興産東京本社),藤山サダ子(角島)各氏らとともに骨格の発掘を実施.協力者2名.採取した骨格は,角島に保存し,活用の道を探っている.


P5 九州沿岸における鰭脚類の漂着・迷入・混獲について

濱野 真・蛭田 密(海の中道海洋生態科学館)

 海の中道海洋生態科学館では,1989年4月の開館以来,九州沿岸に来遊する魚類・海生哺乳類の調査研究を行っている.今回は1986年から1999年まで確認した鰭脚類16例の漂着・迷入・混獲について報告する.確認できた16例の内訳はゴマフアザラシ7例,アゴヒゲアザラシ2例,オットセイと思われる鰭脚類2例,トドと思われる鰭脚類2例,種不明のアザラシ3例であった.種別内訳はゴマフアザラシが最も多く7例(44%)であった.ゴマフアザラシは成獣で体長150〜200cm,体重は雄150kg,雌120kgになるが,この7例のゴマフアザラシで体長の測定記録が残っているものでは70〜95cmと小型であり,幼獣と思われる.漂着・迷入・混獲の内訳は漂着2例(19%),迷入6例(37%),混獲7例(44%)であった.また県別の内訳は福岡県7例,佐賀県2例,長崎県2例,大分県1例,宮崎県1例,鹿児島県3例であった.また16例中のアゴヒゲアザラシ1例は現在マリーンパレス(大分市)で飼育中,4例は剥製・骨格・凍結標本としてそれぞれ保管されており,9例は新聞記事・写真・目撃者からの連絡,1例 は掛け軸,1例は絵馬によるものである.季節的には16例中9例が6〜9月の間であった.


P6 飼育下におけるスナメリの遊泳力と呼吸数(スナメリは運動不足か)

久保麻子(広島大生物生産学部水圏環境)・岡村博美(宮島町立宮島水族館)・松田治(広島大生物生産学部水圏環境)・西脇茂利(日本鯨類研究所調査部)

 スナメリは沿岸性の強い小型歯鯨類である.近年,人間の社会活動による環境変動に伴う生息場の荒廃及び資源の激減が深刻な問題となり絶滅が危惧されている.宮島水族館では繁殖に成功し,捕獲個体2頭及び繁殖個体2頭が飼育されている.これらの飼育個体の遊泳行動を観察し,1日の運動量を示す遊泳距離及び呼吸数に関する知見を得た.遊泳を緩速,通常及び高速というパターンの観察に基づき分類した.緩速遊泳は水面に噴気孔を出し浮いている停止及び緩慢で停止直前にゆっくり尾鰭を振ることで泳いでいる状態をさす.通常遊泳は常時尾鰭を振り泳いでいる状態や個体間でのこすり合いや追尾等の行動をさす.高速遊泳は,体表面に鯨斑と呼ばれる無数のしわが確認されて泳いでいるものをさしている.遊泳パターンの平均速度は,高速で時速24.6km,通常で時速3.8km,緩速で時速0.86kmであった.1日の遊泳パターン構成比から算出した1日当たりの遊泳距離は約91kmであった.遊泳距離については,個体差は全くみられなかったが,遊泳パターンでは,飼育年数が長 い個体(10年以上)に,1:00から16:00の時間帯において緩速遊泳が集中するのに対し,飼育年数が短いである個体(3年以下)には緩速遊泳が1日中観察された.高速遊泳は,飼育年数の長い個体ではまったく見られないのに対し,飼育年数の短い個体では頻繁に観察された.これは飼育環境への馴致の差によるものと考えられ,さらに,飼育年数の長い個体は共に妊娠個体であったことにも起因する.呼吸数についてみると,平均呼吸数は1分間に2.8回であった.飼育環境下であるために,長時間の潜水を必要としていないためか,その呼吸数は生息環境下で観察されるものと比べ,明らかに多い値を示している.これは,飼育環境下では深潜水の必然性がないことによると考えられる.飼育環境下では生息環境下と比べ飼育個体が運動不足になると考えられている.得られた観察結果から遊泳能力に優れた体長150cm,体重50kg程度の鯨類が費やす1日の運動量としては多いように考える.生息環境下におけるネズミイルカの1日の遊泳距離は,潜水行動も含めて50km程度であるという情報があり,飼育環境下のスナメリが運動不足であるという見解に疑問を抱くこととなった.飼育環境下では,潜水行動を制限さ れるために遊泳距離が増えることや潜水生理による心拍数の低下がないために呼吸数が多くなっていることが推察される.これは,運動選手の低酸素トレーニングと似た環境で生活していると想定できる.観察においては水槽内を周回する遊泳行動と緩やかな潜水及び浮上行動が多く見られ,水深2.2mという浅い水槽ゆえに垂直的な潜水行動は見られなかった.生息環境と比較して水平方向の遊泳距離が卓越していることは明らかであり,飼育下という制限環境に適応させた遊泳行動が,今回の遊泳距離と呼吸回数の結果からうかがえる.


P7 韓国盤亀台岩刻画と日本海沿岸遺跡出土鯨類遺体の比較―マッコウクジラを中心に―

平口哲夫(金沢医科大人文)・松井 章(奈文研,京都大大学院人間・環境学研究科 併任)

[経 緯] 大型鯨類の捕獲の起源を研究するうえで韓国盤亀台の岩刻画はきわめて重要であるが,その年代論争は一挙に解決がつくわけではないので,当面,日本海沿岸の遺跡から出土している鯨類遺体や伴出遺物を地道に検討していくことが望ましい.1998年10月1日,山口県油谷湾にマッコウクジラが迷入したという事実は,盤亀台鯨類画にマッコウクジラらしきものが描かれていることについて,「マッコウクジラは韓国近海に来遊することは稀であるが,当地の古代人の目に触れる機会が少なくともあり,その独特の姿が目に焼き付いたのではないだろうか」(平口,1991)と述べたことのある当人にとっても願ったり適ったりであった.しかも,2000年4月6日,静岡県大須賀町の海岸にマッコウクジラが生きた状態で漂着するという出来事があり,これに関連した発表をセト研第11回大会において行いたいという荻野みちる氏による申し出も大会事務局に寄せられた.そこで,昨年松井の紹介で本会に入会された江上幹幸氏にラマレラ村のマッコウクジラ漁に関連した特別講演をお願いできないかと,急きょ問い合せたところ,幸いにも小 島曠太郎氏との共同で講演を引き受けてくださることになった.以上の経緯をふまえ,マッコウクジラ問題に考古学の分野からも迫ることにし,まず日本全国の遺跡からどの程度マッコウクジラ遺体が出土しているかを調べてみた.

[データベースによる検索] 及川雅文氏ならびに松井らによって作成された貝塚データベースVer.1(貝塚に限らず他の動物遺体出土遺跡も収録,註1)から鯨類関係のデータを検索したところ,231遺跡のデータが抽出された.これをデータベースソフト桐Ver.8に書き出し,哺乳動物の項目においてマッコウクジラをキーワードに絞り込んだところ,抽出されたのは宮城県石巻市南境貝塚(北境久保遺跡)ただ一つであった.このデータベースは10年前に作成されたものであり,本年4月に一応完成した最新ヴァージョン(註2)での検索は今回の発表には間に合わなかったが,それにしてもマッコウクジラ遺体出土遺跡がただ1例というのはあまりにも少なすぎる.次に,山崎京美氏らによって作成された縄文時代動物遺存体データベース(印字情報は1998年に刊行,ソフトはファイルメーカーPro.を使用,註3)で調べてみたところ,岩手県宮古市鍬ヶ崎館山貝塚(縄文時代早期〜後期),宮城県石巻市南境貝塚(第4次調査,縄文時代早期末〜晩期前葉),東京都新島村渡浮根遺跡(縄文時代後期・晩期),以上3遺跡が抽出された.いずれも太平洋沿岸の遺跡である.

[今後の見通し] 既存の考古学データベースでマッコウクジラ関係のデータが乏しいのは,そもそも大型鯨類については,当時の人々が骨にいたるまで徹底的に分配し,利用することが多かったため,種同定ができるような形で遺存することが稀であり,多くが鯨目かその亜目程度のレベルでしか鑑定されてこなかったからではないかと考えられる.今後,大型鯨類についても動物考古学的な同定作業を進めていく必要がある.マッコウクジラの場合,大きな歯が加工され,製品として利用された可能性が高いことから,遺跡出土の歯牙製品に十分注意を払っていきたい.

追記
 註1.国立教育研究所教育情報データベース(http://www.nier.go.jp/homepage/jouhou/database.html)文化財情報データベースとして公開されているが、外部者の利用は、同研究所教育情報システムオンラインに利用者登録を済ませ、ユーザIDとパスワードを持っている機関に限られている。この文化財情報データベースの作成には、演者らをはじめ多くの人たちが協力している。
 註2.本ポスター発表後、総合研究大学院大学Kaizuka Database (http://koko.soken.ac.jp/groups/kaizuka/)として試験公開された。検索は誰でもできるが、個々の内容については限定されたユーザーしか見ることができない。これによるとマッコウクジラ遺体は、上記遺跡のほか、北海道根室市オンネモト遺跡、宮城県石巻市南境貝塚(北境久保遺跡)、茨城県那珂湊市大田房貝塚、千葉県粟島台、静岡県浜松市蜆塚貝塚から出土しており、合計9遺跡を数える(2000年7月12日現在)。
 註3.本ポスター発表後、いわき短期大学が管理する遺存体データベース(http://lmac152.iwaki-jc.ac.jp/)として公開された。作成メンバーは、久保和士、高橋理、富岡直人、平口哲夫、山崎京美の5名。
 以上のデータベースは、セト研が企画している文献抄録データベースの作成にも役立てることができる。


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