日本海セトロジー研究会第11回大会
口頭発表要旨


(In English)


目次


O1 北西海岸インディアン諸民族の動物観(シャチ観)の相違−同沿岸に棲息する2タイプのシャチ行動範囲から考える−

高橋 景子(日本民族学会

 北はアラスカからカナダ・ブリティッシュコロンビア州ならびにアメリカ・ワシントン州までの,アメリカ大陸西海岸の沿岸に住む先住民族は,総称して北西海岸インディアン(Northwest Coast Indians)と呼ばれている.また,同じ沿岸海域にシャチ(Orcinus orca)が生息していることが,25年余りの写真撮影による個体識別調査によって明らかになっている.沿岸性のシャチは,行動範囲と食性の違いによって2種類に別れる.6月〜9月の間は一定海域内に「定住」するResident (fish-eating)と,広い行動範囲を持ち「回遊」するTransient (mammal-eating)である.

 1)Residentの行動範囲からの考察
 まず,バンクーバー島と大陸の間の水路(Discovery Passage別名 Inside Passage)におけるResidentと北西海岸インディアンの関係について述べる.Residentは夏の間Discovery Passageに,鮭を捕食するために集まる.南北2つのグループに別れており,両グループは混じり合うことはない.南北の境界はキャンベルリバーの北の海域と考えられている.一方,北西海岸インディアンのクワキウトル民族とコーストセイリッシュ民族も,ほぼ同じ境界線で別れている.2グループのシャチの境界線と2民族の境界線が,ほぼ同じであることに注目したい.加えて,同じ境界で大陸側の森の種類(Community)が変わり,北からの海流と南からの海流がぶつかる場所もこの辺りである.ただし,人間,シャチ,森,海流,共にこれらの境界線は明確に一本の線で表せるものではない.自然環境については年毎,季節毎の変化が見られ,民族については近年の移動等など更なる考察が必要である.しかし,夏期間のResidentの行動範囲は,自然環境ならびに北西海岸先住民の民族ごとの居住地域と奇妙な重なりを見せることを報告する.

 2)Transientの行動範囲からの考察
 次に,民族ごとのシャチ観の違いについて述べたい.上述の問題は,Resident内の2グループについて述べたが,今度はシャチの特性が2種類(Resident, Transient)であることに注目したい.北西海岸インディアンは,言語上6つの民族に大別されるが,各部族でシャチに対する観念に微妙ではあるが違いがあると考えている.これはシャチが2種類棲息していることと関係がないだろうか.フィールドワークは未だ2地点ではあるが,文化人類学的に考察する試みをこれから進めたいと思う.
シャチは,民族の神話や伝説にも登場し,重要視されている動物のひとつに数えられる.目に見える形としてはトーテムポール,家柱,服飾(チルケット・ブランケット),魚叩き棒などに意匠として現れる.また部族や個人の紋章(Crest) としても使われている.今回は,バンクーバー島東側・Discovery Passage側に居住するクワクワカワク民族と,バンクーバー島の西側・太平洋側に居住するマカー民族を挙げ,スライドを交えて紹介する.


O2 新潟県沿岸における鯨類の漂着傾向とナホトカ号の重油漂着状況(1997年)との類似性

中村幸弘(上越水族館)・本間義治(新潟大医)・青柳 彰(寺泊水族館)・箕輪一博(柏崎博物館)

 新潟県における鯨類の漂着・迷入・目撃・混獲・衝突 などの記録については,本間1981,1990), 本間ら(1981, 1993, 1994, 1995, 1996, 1997, 1998, 1999)によって取りまとめられ,報告されてきた.
 1980年から1999年までの20年間にわたる新潟県沿岸における鯨類漂着記録とその傾向を整理したところ,上越・中越・下越地方と佐渡島との4地域で相違が認められた.さらに,クジラ類とイルカ類の間にも漂着の傾向に差異がみてとれた.なお,本県への鯨類の漂着は,ほとんどが冬から春にかけてであり,盛夏には全く見られていない.
 ところで,イルカ類の県内への漂着は,1997年1月初旬に発生したロシア船籍タンカー「ナホトカ号」の事故による流出重油の漂着状況と相似した傾向のあることが分かった.イルカ類の漂着は,上越・中越地方の沿岸に多く,この2地方で全県下の86.7%を占めている.一方,漂着した重油の回収量は,この2地方の海岸で,県下全域の97.4%にのぼった.これらの傾向と冬季〜初春の海況その他から類推すると,本県沿岸へ漂着するイルカ類は,本県よりはるか西方沖合いで致死ないし仮死的な状態に陥ったのであろう.ところが,クジラ類の漂着は,上・中・下越の3地方間でほとんど差異が認められず,佐渡島で最も多かった(46.3%).したがって,クジラ類はイルカ類よりさらに北西の沖合い(洋上)で,死を招くような事態に遭遇したことが考えられる.
 今後,さらに資料を集め,気象や海洋条件などとの関連で解析を進めたい.


O3 越後・越中海岸へ漂着した海生哺乳類の生殖腺組織像−続報T

本間義治・牛木辰男・武田政衛(新潟大医第三解剖)・進藤順治(新潟市水族館)

 前報(本間ら,1999,本研究会第10回大会,内灘)は,ポスター発表であったので,次の 3個体の生殖腺組織像は顕微鏡写真 1葉を示したにすぎなかった.今回は口頭により,より詳細を発表したい.材料は,@1998年 5月 4日に,柏崎市椎谷海岸へ漂着(死)した全長139cmの雄カマイルカ(Lagenorhynchus obliquidens),A1998年10月14日に,村上市三面川河口付近へ漂着(生存)した全長269cmの雌ハナゴンドウ(Grampus griseus),B1999年 1月27日に,刈羽郡西山町石地海岸へ漂着(死)した全長562cmの雌ミンク(Balaenoptera acutorostrata )(コイワシクジラ)である.なお,ハナゴンドウは,漂着北限の記録であり,その救出活動については,本11回大会で報告される(進藤ら,2000).

 これら精・卵巣の重量については計測できなかったが,ハナゴンドウの卵巣測定値は45x15(mm)と50x18(mm)(高さ20mmの結合組織からなる膨隆付着),ミンクの卵巣は 112x25(mm)と 120x25(mm)であった.肉眼観察では,いずれも表面は円滑であり,卵巣には発達した卵胞の隆起や排卵窩,白体や黄体は認められなかったので,すべてが未成熟段階のものと推定された.

 これらの生殖腺は,ブアン氏液で再固定した後,常法に従って光学顕微鏡標本を作成し,観察した.@カマイルカの精巣精細管は,卵形や勾玉状を呈し,管壁はA型精原細胞から形成されており,それらの中に少数のB型精原細胞が目に付いた.各精細管間の結合組織量は多く,その中に小塊状をなした未分化間質(Leydig)細胞が見られた.さらに,管腔がまだ狭いことなどから,この精巣はごく若い未熟のものと判断された.Aハナゴンドウ卵巣皮質部の基質組織中には,多数の原始卵胞や一次卵胞が存在していた.また,卵胞上皮が 2層以上になった少数の二次卵胞やさらに発達した初期の胞状卵胞(Graafian follicle)も観察された.しかし,これらには,閉鎖して退行状態に入っているものがかなりあり,成熟卵胞や排卵痕は 1個も見つからず,いわんや黄体組織や白体組織は全く認められなかった.したがって,まだ著しく幼若で未熟段階にあるものと判断された.Bミンクの卵巣皮質部も,ハナゴンドウと同様な組織像を示したが,死後日数を経ていたためか,少々退行崩壊した像を呈した.次に,ハナゴンドウ卵巣には,卵管と子宮の一部が付着していたので,これらの切片も観察した.しかし,卵形ないし円形から成る子宮腺の腺腔は狭く,増生の兆候はなかった.したがって,この個体は未経産と推定された.

 演者等は,長年にわたり新潟地方を中心とした海生哺乳類の漂着記録を集め,また極力顕微鏡標本を作成して観察し,漂着傾向と漂着や船舶衝突との原因を探る努力を続けてきた(本間,1990,Honma,1994;Honma,et al., 1995,1997,1999a,b,c;2000a,b).しかし,検鏡した結果は老鯨や幼若未成熟体,および重態疾患に罹かったものに限られた.今回の観察個体もすべて未成熟段階のものであり,従来の結果を補強することになった.したがって,生殖能力のある活動的な個体も漂着することがあるのか否か,今後もさらに検索を進め,確かめねばならない。


O4 山形の古環境と鯨類化石

長澤一雄(秋田県立高畠高校)

 山形からは,これまでに約100点にのぼる鯨類化石が産出している.これらの化石は,国内の他地域と同様に,多くが断片骨として産出したものであり,部位がそろって交連して産出した例はあまりない.この化石の点数は,断片骨でも個体が異なれば1点と数えたものであるが,これらからも過去において,山形には様々な鯨類が生息したことが示唆される.今回は,こうした山形の鯨類化石の産出状況とその特徴について,いくつか興味ある化石を紹介しながら述べる.

 山形には,新第三系が広く発達し,山地や丘陵を構成している.これらは,前期中新世初期から中期中新世初期にかけて進行した,日本海の拡大と生成に関って形成された地層である.すなわち,日本海の誕生以降に,過去の日本海の海底に堆積した地層である.したがって,その中に含まれる鯨類や各種の化石は,過去の日本海の具体的な生物記録といえ,他の日本海沿岸地域の化石とも密接に関わって,日本海の古環境と古生物相を検討するための重要な資料である.

 鯨類化石の産出状況を地域的にみると,産出が多いのが出羽丘陵地域である.この山地は,庄内地域と内陸地域を画しており,日本海の拡大が停止したと考えられる中期中新世以降,急速に沈降して深海の環境を形成し,その後隆起に転じて浅海化・陸上化していったと考えられる.この地域からは,鯨類化石を含む各種の化石が産出しており,特に後期中新世から鮮新世にかけて,広域的な隆起と浅海化が進行する環境下での堆積物から,鯨類化石をはじめ,豊富な化石が産出している.山形における最も古い化石は,庄内側の出羽丘陵産の中期中新世の小型歯鯨類と思われる鼓室胞であるが,時代的には,後期中新世から鮮新世にかけての産出が多い.

 一方,脊梁山脈地域は,中新世の末期には陸化して,日本海と太平洋を区分したが,中新世から鮮新世にかけてほぼ継続的に火山活動が活発で,厚く火山岩類や凝灰岩類が堆積しており,全般的に化石産出が極めて乏しく,鯨類化石の産出もほとんどないのが特徴である.

 地域的にとりわけ鯨類化石の産出が顕著なのは,新庄盆地周辺の前期鮮新世の地層である.この地域の化石は,ヒゲ鯨類と考えられる大型の化石が比較的多く,ナガスクジラ科,セミクジラ科などが識別され,さらにマッコウクジラ科やアカボウクジラ科と思われる化石も産出している.新庄盆地北部の真室川町で発掘調査された化石は,大型鯨類化石が不規則に9個体以上が混在し,明らかに2次的に移動してきて集積した特異な堆積環境を示すものである.この時代の新庄盆地の古環境は,日本海が庄内から内陸へ深く入り込んだ内湾で,おおむね東が浅く西が深い環境を形成していた.そして時代とともに東方から西方へ浅海化しつつあった.こうした内湾環境が鯨類に適していたのかも知れない.

 さらに,興味深いのは,日本海の飛島沖の海底の最上堆(水深約200m)から産出した化石で,明らかにオウギハクジラ属と識別される,こぶ状の隆起をもつ吻部化石や大型のナガズクジラ科と思われる下顎骨化石などが漁船の底引網によって採取されている.オウギハクジラ属化石は,また同属の現生各種とは異なるようであり,この属の起源や系統を検討する上で重要な資料になると思われる.これらの化石の年代について,はっきりした資料は得られていないが,少なくとも日本海誕生以降の化石であることは確かであり,化石化の程度や大型のナガスクジラ科の化石も産出していることなども考え合わせると,後期中新世〜前期鮮新世と推定される.


O5 ヒゲクジラ類頭蓋の比較形態学にかかわるいくつかの問題点

大石雅之(岩手県立博物館)

 鯨類頭蓋の比較形態学は,長い研究の歴史があるにもかかわらず,意外にも利用できる知識が充分蓄積,整理された状態にあるとはいいがたい.近年,分子系統学による解析が盛んに行われているが,形態学的立場からこれを検証できるようなデータ・セットが果たして整備されているだろうか.演者は,東北地方の新第三紀の鯨類化石の検討を進めているが,これには現生鯨類の比較形態学が不可欠であると考えている.この講演では,ヒゲクジラ類の頭蓋の形態学的検討にかかわるいくつかの問題点を掲げ,検討課題を探ってみたい.

 1. 方法上の問題:ヒゲクジラ類の頭蓋は,その巨大さゆえに研究のための標本化や移動等が困難であり,また国内に残されている標本が少なく,標本比較の統計的有意性を確保することも難しい.このため,利用できる標本については観察しやすい部分を重点的に検討したり,出版された写真を最大限に利用することも重要になってくる.解剖学用語(和名)の整理も必要であろう(たとえば,鼓室胞・鼓胞・鼓室骨・聴骨包・聴胞・耳胞骨などのうちどれが適切かなど).

 2. イワシクジラとニタリクジラの識別:昨年,和歌山県の京都大学瀬戸臨海実験所に"ニタリクジラ"として保管されている骨格標本を検討したところ,イワシクジラであった.イワシクジラとニタリクジラの骨学的相違は当該分野の先人たちが盛んに議論したにもかかわらず,その知識はあまり普及されていない.このことは,分類を基礎にした議論の発展を妨げているであろう.

 3. 個体群の形態比較:北半球と南半球のミンククジラについて,それぞれ直接観察可能な標本に加えて出版された写真も利用して比較すると,上顎骨の上昇突起の長さなどに安定した形質があることがわかる.近年各地の博物館に分配されている多数のミンククジラ骨格を詳細に検討すると,さらに明らかになる点がたくさんあるにちがいない.イワシクジラについては利用できる標本が少ないが,北西太平洋の個体群にはいくつかの共通する特徴が見出され,これらの特徴により大西洋や南半球の個体群と形態的に識別できる可能性があるかもしれない.

 4. 下顎骨の形態とシロナガスクジラの系統関係:シロナガスクジラの下顎骨の関節部の形態は上顎骨の特異なU字型の形態に対応し,他のナガスクジラ属と明らかに大きく異なっている.このため,両者は系統的に離れた位置にあるとみるのが妥当であるが,データの定量化などを計ってさらに検討を加える必要もあろう.

 5. 頭蓋の変形の歴史:ナガスクジラ科鯨類は,偽系統群のケトテリウム科(後期漸新世〜後期鮮新世)の中から中期中新世頃分化したと考えられている.現生ナガスクジラ科の頭蓋の側頭下窩の構造は,ケトテリウム類ならびにムカシクジラ類との比較により,歴史的由来が明らかとなる.ヒゲクジラ類の頭蓋の変形は,中央吻部要素の後方への割り込みと後頭骨要素の前方への衝上からなるといわれるが,頭蓋全体や側頭下窩の構造,さらには摂餌機構をも考慮すると,頭蓋の拡幅過程も重要な変形のひとつとみられる.


O6 北海道天塩町産ヒゲクジラ化石の分類と地質時代

佐藤恵里子(新潟市)・木村方一(北海道教育大札幌校)・鈴木明彦(北海道教育大岩見沢校地質学)

 北海道北西部に位置する天塩町は中期鮮新統から下部更新統勇知層の分布域にあたる.1995年,同町男能富沢国有林道脇の斜面中より上越教育大学天野和孝氏によって,ヒゲクジラ亜目のものと思われる前肢の骨格化石が発見された.これを受け,1996年,97年と2期に渡り天塩町教育委員会の協力を得て発掘調査を行った.調査の結果,頭骨,前肢帯を含む43点の骨格化石が同層準より産出した.本標本を天塩標本と呼び,形態比較による同定を行った.

 化石の産出層準は,シルト岩〜細粒砂岩層が整合的に分布し,3つのユニットに区分できる.本標本の産出層準であるUnit-2は,生物擾乱の激しい赤褐色の細粒砂岩から成り,貝化石を産出する.ケイソウ化石分析によるとNeodenticula koizumii〜Kamtschatica帯に相当し,3.7〜2.5Ma(Koizumi,1985)または3.5・4.0〜2.6・2.7Ma(Barron & Gladenkov, 1995)である(嵯峨山, 1997未公表).以上のことより産出層準を勇地層上部(後期鮮新世)とした(高橋他, 1984,岡 他,1993).

 化石標本は同定の結果,以下の特徴より本標本をEscrichtius cf. E. robustus(Lilljeborg, 1861)(コククジラ科)とした.
@後頭骨の後頭盾の特徴的な隆起.A鼓室胞は,S状突起は破損しているが,前方に細まった卵形をしており,全体に隆起が少なくなだらか.B頚椎がすべて遊離しており,椎孔の横幅が大きい.C橈骨と尺骨が上腕骨の約2倍近い長さで,尺骨は肘頭が低い.しかしこの他に@後頭骨背面観が高くて丸いことや,A肩甲骨の烏口突起が現生種より発達しないことから,現生コククジラ属に含めるにはやや疑問が残る.今後,より多くの標本との比較や,個体成長による影響について研究の必要がある.
日本からのコククジラ化石は,北海道新十津川町の前期鮮新統幌加尾白利加層(木村, 1992)と,福島県いわき市の下部鮮新統四倉層より産出が報告されている(いわき市教育文化事業団,1989).本標本は保存程度が良く,明らかにコククジラの特徴を有するため,前期鮮新世から現生アジア型コククジラの系統進化を考察する上での,貴重な資料である.


O7 日本海沿岸の漂着海棲哺乳類調査報告−1999.1.1〜2000.4.30−

田島木綿子(東京大農学生命科学研究科,国立科博動物研究部)

 1999.1.1〜2000.4.30の期間に日本海沿岸に漂着した海棲哺乳類について国立科学博物館のストランディングサーベイで収集した個体のうち,演者が主に関与した肉眼病理解剖の所見を紹介し,死因および漂着原因について考察を付け加える。上記の期間内に国立科学博物館で何らかの調査を行うことができたのは鯨類7種,鰭脚類2種,計39頭である(一覧参照)。これらの大部分はセト研関係者からの連絡によるものであり,現地での調査あるいは国立科学博物館への搬送に当たってもセト研関係者の尽力に依るところが大きい。全ての調査は国立科学博物館動物研究部動物第一・四研究室のもとで行っており,(財)自然環境研究センターなどの御協力を得た。

日本海沿岸漂着海棲哺乳類一覧-1999.1.1〜2000.4.30-
Species 和 名 頭 数 病理解剖した症例
Balaenoptera acutorostrata ミンククジラ 3 1
Delphinus delphis (capensis?) マイルカ 1 0
Feresa attenuata ユメゴンドウ 5 3
Lagenorhynchus obliquidens カマイルカ 3 3
Tursiops truncatus ハンドウイルカ 1 0
Mesoplodon stejnegeri オウギハクジラ 22 10
Neophocaena phocaenoides スナメリ 2 0
Callorhinus ursinus オットセイ 1 0
Eumetopias jubatus トド 1 0
合 計 9種 39 17


 直接の死因と考えられるものとして,肺のうっ血水腫(13/17頭),肺気腫(1/17頭)がありその他の特記所見は,Crassicauda sp. 寄生に伴う腎小葉の線維化(オウギハクジラ,10/10頭),急性の全身性循環障害(全身性うっ血),高度削痩である。さらに、生殖腺所見および胃内容物所見等についても特筆すべき所見を紹介する。

 今回の調査を通して感じたことは,死後変化が著しく本来の病変との判別に困難を要する症例が比較的多かったことである。病理学的所見を記録し,蓄積するためには新鮮な個体が必要不可欠である。そのため,漂着鯨類を発見した後の連絡網の充実,現場の対応および専門家による病理解剖という一連の作業がより円滑に運ぶ事が重要となる。演者はこれからも地元の方々および各研究者の御協力のもと,漂着鯨類の病理学的検索のデータベース蓄積の一助となれるよう全力を尽くす所存である。


O8 オウギハクジラの年齢査定法と歯の成長様式

新井 上巳(東京医科歯科大学院医歯学総合研究科)・長澤一雄(山形県立高畠高校)・山田 格(国立科博動物研究部)

[目的] オウギハクジラ(Mesoplodon stejnegeri)は雌雄ともに下顎に一対の特徴的な歯を持つが,成熟雄でのみ萌出し,萌出部分は扇形となる.本種の生態は不明な点が多く,年齢査定法も確立されていない.そこで,成長度合いの異なるオウギハクジラの歯3個体分を用いて,歯に残される成長層および成長層群形成の過程を観察し,年齢査定法を検討した.ここで成長層群とは,成長層の周期的変化の各サイクルをいう.

[材料と方法] 標本は全て,山形県に漂着し山形県立博物館に所蔵された雄のオウギハクジラの右の歯である.
  鈴標本(YPM3500):80×83×15mm,歯肉からわずかに先端が萌出する.
  油戸標本(YPM7300):137×84×19mm,萌出がほぼ完了しているが,切縁前縁の摩耗はほとんど無い.
  釜谷坂標本(YPM7301):146×97×20mm,萌出が完了し切縁前縁の半円形の摩耗が顕著である.
 これらの歯を歯冠−歯根軸に平行な頬舌面で切り出した.標本を研磨する過程で,厚さそれぞれ400μm,250μm,50μmで研磨標本,軟X線撮影像の観察を行った.また厚さ50μmで脱灰染色標本を作成し,観察を行った.

[結果] セメント質は,厚さ50μmの研磨標本で最も明瞭に成長層および成長層群を観察することができた.象牙質は,脱灰染色標本で最も観察しやすかった.軟X線撮影像では,いずれの厚さの標本でも観察できる成長層群は研磨標本より顕著に少なく,脱灰染色標本よりも少なかった.
また,厚さ50μmの研磨標本を観察した結果,セメント質の成長層群形成を以下の3段階にわけることができた.すなわち,@出生後6〜9サイクルの間は成長層群が不規則に形成される段階,Aその後4〜12サイクルの間は,薄くて明瞭な透明層をもつ成長層群と厚くて不明瞭な透明層をもつ成長層群が交互に形成される段階,B歯根表面に間隔の狭い成長層あるいは成長層群が形成される段階からなっていた.鈴標本では第1,第2段階が,油戸標本と釜谷坂標本では第1から第3段階まで全てが観察された.セメント質,象牙質の新産線は,成長層の層板構造が初めて形成される場所と定義し,成長層群の計数を行った.

[考察] オウギハクジラの雄の歯の成長層群計数による年齢査定には,幼若個体では脱灰染色標本による象牙質の観察および研磨標本によるセメント質の観察が,年齢の高い個体では研磨標本によるセメント質の観察が有用であることが示された.今回軟X線撮影像は信頼できる結果は出なかった.
またオウギハクジラの雄の歯のセメント質の成長層群形成は,出生後6〜9サイクルの間は不規則に行われ,その後速い速度で成長し,萌出完了後は少量ずつセメント質が沈着する,という成長様式が示唆された.


O9 座礁したハナゴンドウの保護と治療について

平野訓子,進藤順治,野村卓之,大和 淳,田村広野,加藤治彦,
山際紀子,山崎博美,長谷川和泉(新潟市水族館)

 マリンピア日本海では,1998年10月6日新潟県村上市の三面川河口南側の海岸にライブストランディングした一頭のハナゴンドウを保護し,治療を行った.この詳細について報告する.

 この個体は,座礁する以前の9月27日から村上市より北に位置する山北町で,数日にわたり陸上から観察されていた.遊泳せず静止した状態と痩せが著しいため保護を試みたが,失敗.天候悪化に伴い10月1日を最後に消息不明となる.

 10月6日上記の場所に座礁,ハナゴンドウはひどく衰弱していたため,応急処置(補液,副腎皮質ホルモン剤,抗菌剤の投与)を施し,当館へ輸送された.到着後は,担架に乗せ水中での姿勢を保持し,24時間体制の看視を行った.治療は,身体検査,血液検査と胃内視鏡検査を定期的に行い,補液,抗菌剤,強肝剤,総合ビタミン剤等の投与,そして強制的にイカを給餌した.

 10月10日,胃からの出血と肺炎が診断されたため,胃粘膜保護剤,消化酵素剤,呼吸促進剤と気管支拡張剤を投与した.強制給餌は,胃壁を傷つけないようイカを流動状にし,特性ポンプで胃内に注入した.10月12日からは,長期間の吊起による体表の擦れが顕著になってきたため,1日に1時間半程度介助しながら遊泳させた.

 10月14日の夕方,肺炎による呼吸不全で死亡した.また心筋症と胃潰瘍も見られた.心機能障害により衰弱して漂着し,肺炎や胃潰瘍は続発病変と思われる.生存期間は,保護より9日間であった.

 現在この個体は,骨格標本として当館に保管されている.


O10 大型鯨類のライブストランディング対応について

荻野みちる(国立科博友の会)・石川 創(日本鯨類研究所)

新潮社提供(中野晴生氏撮影)


 海産哺乳類,特に鯨類が生きたまま座礁することをライブストランディングと呼ぶ.ここでは,港や河川へ鯨類の迷入もライブストランディングとして取り扱い,混獲はこれに含まない.日本国内における鯨類のライブストランディングの対応は,過去の記録からも小型種に比べて大型の種になると救護活動が行われても成功例が少ないのが現状である.近年では,一般の関心が高まってきたのか,ライブストランディングの報告も増えるとともに,何とか海に還そうと多くの人たちが救護に携わった事例も増えてきた.一度漂着した鯨類は人為的な救助がなければ,生存はほぼ不可能である.しかしながら海外の成功例を見てもその多くが特殊な訓練を受けた救助チームによるところが多く,必要経費は寄付金もしくは多くのボランティアによる人力や物資の提供の上に成り立っている.また大型の種はその大きさゆえに個体救助は難しいとされている.日本では現在このような組織された救助システムはないので,ライブストランディングが発生した場合,関係者はまず救助しようとする一般市民の期待にこたえる努力をすると同時に,救護チームの安全確保,健康管理もまた必要である.救助活動を成功 させるためには,早期の発見,個体の健康状態,周囲の地理的環境や天候,人員と必要な重機の調達などの条件が必要になる.大型鯨類については,物理的に不可能と判断された場合には,安楽死を選択することも重要であろう.また救助中,個体の死亡後も含め,漂着個体からの感染症についての対応も十分考慮しなければならない.本報告では,1998年10月1日の日本海山口県油谷湾のマッコウクジラ迷入,および1999年5月7日北海道浜中町海岸にライブストランディングしたシャチの事例とあわせて,ライブストランディングの救助と成功率について日本と海外との比較を行う.


O11 ストランディングネットワーク構築の必要性について

山田 格(国立科博動物研究部)

 2000年4月,静岡県大須賀町のマッコウクジラのライブストランディングは,大々的に報道され,海外でも話題になった.実際,体長15mをこえるクジラを目の前に,我が身の無力を痛感したできごとであった.しかし,考えようによってはたかが15m程度のクジラが,それも1頭やってきただけで大騒ぎになった現実によって,我が国の体制の不備さが露呈したともいえよう.もしもあれがシロナガスクジラであったなら,あるいはマッコウクジラのマスストランディングであったなら,いったいどのような事態に立ち至ったのであろうか.小型のイルカであったとしても数百頭というストランディングに対処することになれば事態はやはり深刻になる.

 我が国各地の沿岸からは,鯨類だけで40種近く,年間100件以上の海棲哺乳類のストランディングが報告されている.セト研の活動を象徴するオウギハクジラ(Mesoplodon stejnegeri)について,多少なりともデータが収集できたのもセト研会員をはじめとするストランディング現場からの情報が的確に集められて調査が行われてきたからである.セト研会員各位には海棲哺乳類のストランディングに際し,何をなすべきかを今さら説明するまでもないが,生存個体(ライブストランディング)の場合には,介護,加療,リハビリテーション,リリースなどの対応が望まれるし,死亡個体(デッドストランディング)の場合には,可能な限りの調査を行う必要がある.実際,捕鯨業の対象になったことがない種については,不明な点が多く,その謎を解くにはストランディング個体から収集されるデータが欠かせない.このような背景を踏まえて,1997年度には,国立科学博物館と東京大学・海洋研究所で,(財)日本鯨類研究所,(社)日本動物園水族館協会やセト研などの後援を頂いて,「海棲哺乳類ストランディングシンポジウム」を開催し,約200名の参加を見,ストランディング対応活動を積極的に進めていくことで出席者の合意を得た.これを受けて国立科学博物館では1998年度以降,「海棲哺乳類ストランディングコーディネーター研修」を毎年行っている.スト ランディングの際に,必要な生物学的知識,法律的な知識などをもち,ある程度の調査も行えるような人材の養成がその目標である.この事業は今年度以降も継続していく予定であるが,その主体となる組織作りが必要な状況になっているといえよう.「海の哺乳類ストランディングネットワーク・オブ・ジャパン」(Marine Mammal Stranding Network of Japan:仮称)を組織化していくとすれば,実際の対応を迫られることになる自治体,あるいは法律的な面でも関連の深い水産庁と環境庁の理解と協力が必要である.生存個体の介護や加療などでは各地の水族館や獣医師のノウハウが不可欠になるし,死亡個体の調査の面では,大学や博物館などの研究機関および各地の水族館や獣医師の力が欠かせない.大須賀町でも見られたような,一般のボランティアの人々の力を活かせるよう,現場で臨機応変に組織作りを実現できることも重要なポイントになろう.また,海岸での重機の運用や人員・標本の移送などでは自衛隊などの助力が得られるようなシステム作りも必要なのではあるまいか.

 ネットワークがカバーすることが望ましい領域は,全体のコーディネーション,介護・加療・リハビリテーション・リリースを担当するグループ,生物学的調査を担当するグループ,病理学的調査を担当するグループ,環境汚染物質調査を担当するグループ,マスコミ対応など広報を担当するグループ,などである.


O12 小笠原で見られる鯨類とアカボウクジラsp.の映像紹介

林 与志弘(Team Orcas)

 日本は世界でも稀なくらい各種の鯨類を観察できる国だと思われる.この10年あまりで,日本各地にWW事業が成り立ち,ウオッチング対象の鯨類もザトウクジラをはじめとして,マッコウクジラ,ミンククジラ,ニタリクジラ,小型鯨類でもハンドウイルカ,ハシナガイルカ,マイルカ,イシイルカ,カマイルカ,マダライルカ,ハナゴンドウ,スナメリと多種に渡っている.

 東京都小笠原村は房総半島より南へ1000km離れた太平洋洋上にある.小笠原でのWWは,日本で最初に行われたWW事業でもあるが,通年を通して数種の鯨類(小型鯨類を含む)を観察することができ,またその観察対象となる種の多さにも特徴がある.小笠原や小笠原航路で観察できる鯨類の映像の紹介とともに,昨年小笠原で撮影された興味深いアカボウクジラの映像を紹介する.

   小笠原でウオッチング対象となっている鯨類
        ザトウクジラ*    12月末〜4月末(GW明け程度)
        マッコウクジラ*   通年(但し,海況に左右される)
        ハンドウイルカ*   通年
        ハシナガイルカ    ほぼ通年
        マダライルカ     通年(?)
      *印はウオッチングルールが決められている.ハンドウイルカについては,今後2年程度でルールを決める予定.
   近海で時折目撃される鯨類      
        アカボウクジラ,シワハイルカ,サラワクイルカ
        キタセミクジラ,オキゴンドウ,シャチ,他
   小笠原航路で目撃されたことのある鯨類
        ザトウクジラ,マッコウクジラ,シャチ,ミンククジラ
        マイルカ,スジイルカ,ユメゴンドウ(?),
        アカボウクジラ の仲間,他


O13 新潟市水族館におけるイルカの健康管理

鈴木倫明・加藤治彦・野村卓之・進藤順治・大和淳・松本輝代・田村広野・平野訓子・山際紀子・長谷川泉(新潟市水族館)
 
 新潟市水族館では,日常的あるいは定期的にイルカの健康チェックをおこなっている.チェックの方法はその項目によりさまざまであるが,基本的にはストレスやダメージを与えないように,動物自身が能動的に受診姿勢や動作をとるよう訓練(条件付け)している.

 当館において,現在実施している健康チェックの様子をビデオにより紹介する.


要旨集表紙 あいさつ 特別講演 ポスター発表 標本展示