インドネシア,ラマレラ村の生存捕鯨とその生活
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| インドネシアのバリ島より連なる小スンダ列島,その東端に位置するレンバタ島は沖縄本島よりやや大きいほどの島である.南北に火山をいだいた島には平地は少なく,住民の伝統的生業は当地域の島々同様,焼畑耕作によるトウモロコシ・陸稲栽培である. その島の南海岸にあるラマレラ村には世界で唯一,今なおマッコウクジラを獲ることに命を懸けている「海の狩人」がいる.ここではかっての日本の古式捕鯨を彷彿とさせる勇壮な狩猟を見ることができる.ラマレラの民はこの地の先住民ではない.伝承では,エイ・サメ・ウミガメの銛漁をしていた彼らの祖先が,16世紀ごろにインドネシア東部諸島からこの地に渡ってきたといわれている. ラマレラの集落は,海岸まで山が迫った狭い浦にある.主食の食糧を自給できないこの厳しい立地条件で,彼らは本来どおり海の民として生きることを選択した.現在では約2,000人がマッコウクジラ捕鯨を主体に,マンタなどの大型魚を,手投げ銛一本で捕獲して暮らしている.獲物を追う船は全長10mのプレダンとよばれる木造帆船である.この小船に10〜13人ほどの漁師が乗りこみ,巨大なマッコウクジラに挑んでいくのである. 捕獲されたクジラの分配法は厳しく定められ,捕獲に関与したすべての者に何らかの分配がある.捨てる部位のないクジラは,余すところなく利用され,その巨体は村中にくまなくいきわたっていく.なぜならば,ラマレラではクジラは自家消費用の食糧ではなく,物々交換で経済が成り立っているここではまさに貨幣に代わるものだからである. 女たちは山に行商にいき,主食の穀物を手に入れる.400年もの間,男と女が協力してクジラとともに生きてきた.山の民もクジラを待ちわびている.海からの恵みは山をも潤し,山の幸はラマレラに分け与えられる.クジラの流通を通して地域全体の強固な関係が結ばれてきた.物々交換という信用が第一の取引で,お互いを信頼し合いクジラとトウモロコシを交換し続けてきたのである. ラマレラの捕鯨は生存の必須条件であるばかりか,周辺の地域社会と密接に繋がり,捕鯨文化ともいえるものを形成しているのである.さらに,クジラがラマレラのコミュニティーの紐帯となり綿密な社会が営まれ継承されてきたことが,過去5年間の調査を通して理解できた.ラマレラの民は移住民であり,定住にあたって魚を届けることを条件に先住農耕民から土地の利用権を得た.この得難い土地を獲得したことがラマレラ捕鯨の始まりだとみなされる.地主との共存関係は現在に至るまで継続しており,捕獲されたクジラの頭部を,感謝を込めて献上している. 役割分担を遵守して農業には手を出さず,農作物の自給を拒絶してまで,専ら海で生きることを使命とした.山の民もまた,漁業には目を向けずにラマレラの民を待ち続けている.山の民とは交換を通じて共存,共生の信頼関係を築いてきた.社会・経済情勢が変化してもクジラとトウモロコシの交換率に変動がないことがそれを物語っている.おそらくはるか昔からそうであったろう.そして,ラマレラの民がクジラを獲り続ける限りこのコミュニティーは継続し,崩壊することはないであろう. 今後さらなる調査をし,山と海の関わりを細部にわたり解明したいと考えている. |
| 江上 幹幸(えがみ ともこ) 1946年,福岡県生まれ.青山学院大学大学院文学研究科博士課程修了.1985年よりインドネシアの巨石文化を専門に調査.現在,沖縄国際大学 文学部 社会学科 助教授.専攻は民族考古学.主要著書:『アジアの巨石文化』(六興出版,分担執筆),『クジラと生きる』(中公新書,共著). |
小島 曠太郎(こじま こうたろう) 1952年,東京都生まれ.1985年より東部インドネシア地域を中心に取材.現在,ライターとして活躍.主要著書:『クジラと少年の海』(理論社,写真 江上幹幸,第45回産経児童出版文化賞・推薦賞受賞),『クジラと生きる』(中公新書,共著). |
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