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○アール・リッチモンド(米国海棲哺乳類センター)・荻野みちる・荻野友希(国立科博友の会)・徳武浩司(八景島アクアミュージアム)
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日本国内では,1997年11月に国立科学博物館,東京大学大槌海洋研究所,日本海セトロジー研究会が主催したストランディングシンポジウムを受けて,ストランディングネットワークが構築されつつある。水産庁の行ったセーブザマリンマンマル事業の報告(日鯨研,1997)によると水産庁から"クジラ,イルカの座礁や混獲に遭遇したら生きているものは,生かしたまま逃がすよう"指導がなされている。また救出成功事例では,1996年1月29日に岩手釜石の海岸に漂着したマッコウクジラ(天野,1996),1996年2月11日沖縄世読谷村で定置網に混獲されたザトウクジラ(内田,1996)などが報告されている。今年になって3月に三重県渥美郡でコブハクジラが,5月には北海道浜中町でシャチがライブストランディングした。いずれも残念ながらその後死亡してしまったが,ライブストランディングの連絡が水族館,および各機関に届くようになったのは,人々の海岸に漂着する海棲哺乳類への関心が高まってきたことと関連があるように思われる。
合衆国では,すでに20年以上前から海棲哺乳類のストランディングに対応できる機関がネットワークを組み,科学的なデーター管理を行っている。中でも海棲哺乳類センターが合衆国の東西に設けられており,専門家スタッフに加え,研修,訓練を受けた多くのボランティアが活躍している。特にセンターでは,ヒゲクジラ,イルカ,鰭脚類の救助,保護,治療,解放を行い,国内外への教育,普及および活動も充実している。
本ポスター発表は,ライブストランディングに遭遇した場合の対応について合衆国での様々な事例を報告する。あわせて合衆国を中心として国内外で行われているライブストランディング対応や,世界レベルでのストランディングネットワーク構築へ向けての活動もあわせて紹介する。
○荻野友希・荻野みちる(国立科博友の会)
シロナガスクジラの生態を明らかにするために,バハカリフォルニアにおいて1994年から継続して目視調査を行い,低緯度での冬から春の繁殖,出産,子育ての時期の採餌について調査を試みている。前報(荻野,1998)後,引き続き写真撮影とビデオ撮影を用いた目視調査を継続し,これによって得られた写真を整理して個体識別を行った。観察結果からいくつかのトピックを紹介する。
1)1999年に子連れの母クジラと思われる個体の採餌行動を観察した時の記録を報告する。さらに個体識別の結果,別の日にもこの親子の個体が確認されていることが分かった。前報(荻野,1998)で指摘した背びれの特徴の個体差は親子でも顕著に違いがあった。また,この親子のクジラは半日以上も別の個体と行動を共にしていた。
2)1998年から1999年の観察中,背びれの完全に欠落している個体(写真左),ならびに尾びれがほぼ右半分ない別の個体(写真右)を目撃したので,写真撮影をするとともに記録した。観察した限りでは2頭とも泳ぎに支障はなく,傷は完全に治っているようであった。
シロナガスクジラは,北半球のカリフォルニア沿岸での調査結果などから少しながら生息数の回復を見せていると思われるが,依然として日本沿岸での回復の兆しは見えない。しかしながら,日本海側でのナガスクジラ科の漂着例を考慮すると,回復の可能性は否定できない。今後ともバハカリフォルニアでの調査を継続するとともに,日本近海での目視調査もあわせて行っていきたい。
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○松岡哲也・桶田俊郎・加藤雅文・小松由章(のとじま水族館)
1999年4月20日,富山湾に面した石川県七尾市庵町より沖合い3.9km(N37°02.971'E137°05.526'水深133m)の地点に仕掛けられた定置網に4頭のカマイルカが入網,本個体をのとじま水族館に搬入した。定置網よりカマイルカ引き揚げから水族館到着までの輸送作業,およびカマイルカの処置について報告する。
AM7:00岸端定置網組合から連絡を受けAM8:00に岸端漁港に到着した。漁船にイルカ運搬用タンカ,薬品関係等を積み込み出港カマイルカが入網した定置網に向かった。AM8:30定置網到着,水族館スタッフが到着したその時点ではすでに揚網作業が進んでいた。その後約40分ほどで網はカマイルカを引き揚げるに可能なスペースまで狭められ船上への引き揚げが開始された。4頭の個体のナンバーリングは最初に船上に揚げられた個体をNo1とした。No1からNo4の引き揚げに費やした時間は約15分であった。イルカの初期治療としては副腎皮質ホルモン製剤(商品名ハイドロコートン)合成アミノグリコシド系抗生物質製剤(商品名ビクリン)を船上に揚げられた順番により随時,筋肉内投与を行った。イルカの船上処置が終了とほぼ同時のAM9:50漁港に到着。直ちにカマイルカのトラックへの積み込み作業を開始,AM10:10漁港を出発した。AM11:10水族館到着それぞれの個体のプロポーション測定および採血,呼気採集を行い治療プールに収容した。4頭いずれの個体もプールに入水した直後から自力遊泳を始めた。
○本間義治・牛木辰男・武田政衛(新潟大医第三解剖)・進藤順治(新潟市水族館)
【目 的】 日本海沿岸に漂着した海生哺乳類は,多くの場合日数が経ち,死後変化を起こしているので,組織観察に堪えない標本が多い。しかし,少しでも鮮度の良い器官・組織の提供を受けると,検鏡を続け,生活様式を知ったり,漂着因を探るべく努めてきた。今回は,1990年から1998年の間に入手した
9個体の生殖腺につき,内分泌攪乱因子の影響なども考慮に入れながら観察した結果を,総説的にまとめ図示する。
【材料と方法】 フォルマリンで保存されていた精巣と卵巣は,ブアン氏液で再固定した後,パラフィン切片を作成し,主としてヘマトキシリン−エオシンの二重染色,マッソン−ゴルドナ−とアザンの三重染色などによって検索した。
【結果と考察】 @ネズミイルカ♂ 1頭では,精細管断面がいびつになり,精細管腔が残存しているにかかわらず,精子細胞や精子が認められず,管壁に初期段階の精子形成細胞が1層並んでいたにすぎなかった。顎歯も抜けたりぐらぐらしていたので,老体と推定された。Aカマイルカ♂
1頭では,精細管腔が未形成で,管壁には精原細胞が少数みられたにすぎなかった。間質Leydig細胞も未分化であり,幼若個体と判断した。Bカマイルカ♀
3頭の卵巣は,表面がいずれも円滑で,皮質の卵母細胞は主として原始ないし一次卵胞であったので,幼若個体と思われた。Cオウギハクジラ♀
3頭の卵巣表面には,黄・白体形成に伴った膨隆や,排卵に伴う陥凹がみられ,外観の白色部は切片で白体であることが分かった。しかし,皮質部には一次卵母細胞が認められる標本と,全く卵母細胞が認められないものとあった。髄質部には,間質組織と血管,ことに筋型・螺旋動脈が発達していた。また,白体が硝子化している場合もあった.胎児は存在していなかったので,3頭共にヒトでは閉経後の老人の卵巣に相当する像を示していたといえる。したがって,いずれも老鯨と目された。Dゴマフアザラシ♂
1頭は,体毛の胡麻斑からも2〜3歳の幼獣と見なされる個体で,著しく痩せていた。回腸に顕著な炎症,リンパ節に大食細胞の増殖,腎臓に腺腫,胃に印環細胞癌と硬癌が発生しており,ことにこの胃癌が死因の一つと考えられた。精巣には精細管腔がまだ形成されておらず,少数の精原細胞と一次精母細胞が認められたにすぎなかった。間質のLeydig細胞も未分化であったので,組織像からも未成熟幼獣と判断される個体であった。
いずれの標本にも病理像は認められず,内分泌攪乱物質による影響は受けていなかったものと思われる。♀
6頭,♂ 3頭にすぎない資料であるが,いずれも幼若か老体であったので,あるいは日本海における厳冬季から初春の大時化を乗りきれなかった個体であろうか。卓越した北西の季節風とそれにより起こされる高波に堪えられない衰弱した個体から斃れたりして,漂着するのかもしれない。ミクロの世界から海洋生活を推察するのには,異論もあろうが,今後とも資料を積み重ね,組織構造からも漂着因や漂着の傾向を解明する一助にしたい。
○長澤一雄(山形県博)・山田 格(国立科博)・倉持利明(国立科博)・進藤順治(新潟市水族館)・大場 總(山形県博)
山形県は海岸線が比較的短かく,従来から漂着する鯨類はさほど多くはなかったようである。しかし近年において,特に1993年以降その数は目立って多くなってきたようにみえる。いまのところ,その増減を論ずるほど過去の漂着鯨類の情報があるわけではないが,これまで現地調査に関わって接してきた地元漁業関係者や住民,行政当局との談話等から類推しても,鯨類の漂着が近年よりも頻繁だったとは考えられない。このため,近年のこうした鯨類の漂着は,当初やや驚きをもって受けとめられていたようであるが,最近は日本海の鯨類への関心の高まりとともに,行政側の漂着鯨類の調査に対する理解も進んできたことは確かである。
今回は,1998年から1999年にかけての,山形県庄内海岸および近隣地域における漂着鯨類について,その概要を紹介し報告するものである。これらの個体に関しては,その試料によって現在も調査が継続されているものもあり,またこれから開始されるものもある。
ところで,この約1年半の間における山形県での漂着鯨種は,下記のように特にオウギハクジラが顕著である。これは近年の山形県の傾向でもあり,また日本海沿岸地域の漂着鯨類の傾向でもある。かつて幻の鯨あるいは謎の鯨だったオウジハクジラは,いまや日本海を代表する最もポピュラーな鯨になりつつある。このようなオウギハクジラの漂着個体の増加の原因については,いまのところほとんど明らかにされていない。そうした意味から,オウギハクジラはいまでもやはり謎の鯨のままであるが,漂着個体の調査の蓄積によって,その実態が解明されていくことが期待される。
漂着個体の調査にあたっては,まず何より新鮮な状態での迅速なフィールド調査が重要であろう。それとともに,行政側を含めた各研究機関・研究者の組織的な連携体制を整えるとともに,漂着個体についての多角的な研究を進めていくべきであろう。それらの蓄積のなかで,オウギハクジラを含めた漂着原因の解明や,種の理解や議論の深化がはかれるのだろう。
漂着鯨類リスト
・オウギハクジラ,オス,体長5m,1998年2月上旬漂着,山形県酒田市飛島田下,調査 長澤一雄・進藤順治,頭骨収集.
・カマイルカ,メス,体長1.7m,1998年5月21日漂着,山形県鶴岡市由良,調査 長澤一雄・大場 總,頭骨収集.
・オウギハクジラ,オス,体長5.05m,1998年6月10日漂着,新潟県山北町脇川,調査 進藤順治,加藤治彦,長澤一雄,大場 總,水野利廣,全身骨格収集.(参考)
・オウギハクジラ,オス,体長4.43m,1998年10月20日漂着,山形県温海町小岩川,調査 長澤一雄,山田 格,倉持利明,荒井上巳,水野利廣,全身骨格収集.
・オウギハクジラ,メス,体長4.7m,1999年2月26日漂着,山形県鶴岡市今泉,調査 長澤一雄,大場 總,全身骨格収集.
・オウジハクジラ,オス,体長4.98m,1999年6月20日漂着,山形県温海町米子,調査 長澤一雄,進藤順治,荻野みちる,田島木綿子,水野利廣,全身骨格収集.
朴九秉(水産業史研,韓国)・○山田格(国立科博)
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オウギハクジラは日本海の代表的なクジラであることが本研究会の調査で次第に明瞭になってきており,韓国沿岸などでの状況が関心の対象になってきていた。演者らは本年4月新聞で報道されたオウギハクジラと思われる個体の漂着を確認したので報告する。1999年4月8日夜釜山広域市の海岸にコブハクジラのストランディングがあったという報道があり,翌朝現場に赴いて調査したところ「オウギハクジラ」であることが確認された。その際,1993年に釜山市に漂着した個体の骨格などが「世界海洋生物展示館」に展示されていることが判明した。また,1999年3月29日に江原道三陟市にツチクジラのストランディングがあったという報道もあったがこの個体もオウギハクジラの可能性が高い。以下に漂着情報を要約し,多少の考察を加えてみたい。
漂着例
1.オウギハクジラ オス 体長 5.2m
発見場所:釜山広域市機張郡日光面冬柏里 266-14
発見日時:1999年4月8日午前5時半頃
体 色:全身黒色。頭部を除く全身に白色の線状痕がある
備 考:胃内容物は漁網の切れ端のみ(目撃者証言)。左右の歯の後方に各々2隻のエボシガイが付着。
2. オウギハクジラ オス 体長4.3m,体重1.2t
発見場所:釜山市釜山南港の防波堤付近
発見日時:1993年7月23日午前9時頃
備 考:釜山市金剛公園の市立「世界海洋生物展示館」に展示(外形模型と全身骨格)。発見当時,防波構造物に頭をぶつけて仮死状態。解剖で発見された食道に詰まっていた廃ビニールが死因と推定されている(「世界海洋生物展示館無償寄贈便覽」による)。
3. オウギハクジラ属 オス 体長5.2m,体重1.5t
発見場所:江原道三陟市校洞の後津海水浴場
発見日時:1999年3月29日
備 考:「國際新聞」報道と三陟市庁海洋水産課職員による。
以上のデータからすると,これらのストランディング個体は例外的なものである可能性も否定できないが,むしろ本来の分布域を示していると考えることもできるかもしれない。今後DNAの解析など個体群データ判別の可能性をさぐる必要があろう。
小嶋芳孝・金山哲哉(石川県埋文センター)
三引遺跡は,石川県鹿島郡田鶴浜町三引地内にある縄文時代から近世にかけての複合遺跡である。国道470号線(能越自動車道)改良工事に伴い,1993(平成5)年度から石川県立埋蔵文化財センターと(社)石川県埋蔵文化財保存協会が交互に調査を担当し,1998(平成10)年4月1日に両機関を統合して発足した(財)石川県埋蔵文化財センターが引続き調査を行っている。1995年度には縄文前期初頭にさかのぼる貝層が発見され,現在までに膨大な量の動物遺体,土器,石器,骨角器などが出土している。
動物遺体には,多種多様な貝類,魚類,哺乳類が含まれている。従来,七尾湾に面した貝塚としてはアサリなどの海産貝類を主体とする七尾市赤浦遺跡(縄文中期)が知られているだけであったが,三引遺跡は赤浦遺跡よりもさらに湾の奥に位置し,現在はこの海域には生息していないハイガイが多数出土しているなど,赤浦の貝類構成とは大きな違いを示しており,しかも,貝類構成の時期的変遷をたどることができそうである。湾奥に位置しているだけに海進・海退などの環境変化を受けやすかったと思われる。哺乳類の主体はシカであるが,マイルカ,カマイルカなどのイルカ類も出土している。能都町真脇遺跡のイルカ出土層よりも古い前期初頭の層からイルカ骨が出土していることから,イルカ漁の起源や在り方,ならびに当時のイルカの生態などについて,今後,検討して行く必要がある。
現在調査中の遺跡であることから,当日会場では三引遺跡の概要を紹介することにしたい。
○島田章則(鳥取大獣医病理)・石川純代(堀場製作所分析センター)・佐藤雅彦(国立環境研究所環境健康部)
【はじめに】
化学物質に重度に汚染された海洋に生息する哺乳類の病理学的報告は特定の領域に限られている。材料に限界(数,鮮度)があることから汚染物質と形態学的病理学的変化との直接的因果関係を自然例を用いて解明することは困難なことが多い。鳥取の海岸に漂着した鯨類2例の肺・肺門リンパ節に炭粉沈着症(anthracosis)を認めたのでその概要を報告し,環境汚染との関連について考察する。
【材料と方法】
症例1:ハセイルカ,オス,成体,平成11年1月漂着(鳥取)
症例2:オウギハクジラ,オス,成体,平成11年6月漂着(鳥取)
コントロールとしてイヌ,ウシ,タヌキの肺門リンパ節を用いた。全身諸臓器の組織学的検索、肺・肺門リンパ節に見られた炭粉沈着症内の"炭粉"(塵埃、微細粒子)の元素分析:走査型電子顕微鏡+X線マイクロアナライザー(SEM+XMA),プラズマ発光分析,水銀分析(フレームレス還元気化原子吸光計)
【結 果】
組織学的検索により軽度の炭粉沈着症が両例の肺に認められた。肺胞内マクロファージの細胞質内に黒色の微細顆粒("炭粉")が充満していた。肺のマクロファージが集積する肺門リンパ節には高度の炭粉沈着が見られ,それは肉眼でも確認された。
走査型電子顕微鏡+X線マイクロアナライザー(SEM+XMA)による解析の結果,ハセイルカの肺門リンパ節内"炭粉"は,高度の炭粉沈着を示したイヌと同様の解析パターン(元素構成)を示した。また,2例の鯨類の肺門リンパ節からのみ水銀が検出された。その他の元素については現在検索中である。
【考 察】
大気中の金属元素は地殻や海洋からも自然に放出されているが,人類の生産活動(工業)により放出される割合が高く,その総量は年々増加している。特に石炭の燃焼により放出される元素(水銀を含む)が注目されており,それらは季節風により大陸間を移動する。
大気中の塵埃(微細粒子)は気道を経由し生体に吸収される。肺(肺胞)に到達した塵埃は肺胞内マクロファージに取り込まれ(清掃),マクロファージは肺門リンパ節に徐々に移動し集積する。それらの塵埃(微細粒子)は金属元素をはじめとする様々な化学物質を含む。
大陸間を回遊する鯨類の肺門リンパ節の生物学的モニタリング(大気汚染)の意義(異なる生息環境における大気汚染の実態を反映する可能性,
世界の異なる地域での分析データを記録・比較することにより,回遊経路の不明な鯨類の生息環境すなわち地球規模での回遊経路に関する情報が得られる可能性)について今後検討したい。
能都町教育委員会・真脇遺跡調査団
能都町真脇遺跡は,縄文時代前期初頭(約6000年B.P.)から晩期終末(約2300年B.P.)まで継続的に生活が営まれた長期定住型遺跡として知られている。1982・
83年(昭和57・ 58),圃場整備事業に伴って実施された発掘調査では,縄文時代前期後葉〜中期前葉の層を中心に多量のイルカ骨が出土し,近世真脇村で盛んに行われていたイルカ漁の起源が5000年以上前の縄文時代前期後葉までさかのぼることが明らかとなった。長期定住を支えた経済基盤の一つにイルカ漁があったと考えられる。本遺跡は,1989年(平成1)1月に国指定史跡となり,また,1991年(平成3)6月には219点の出土品が国指定重要文化財となった。これを受けて史跡公園化が進められ,1997年(平成5)9月には能都町立真脇縄文館が開館,1998年(平成6)8月から史跡保存・整備のために発掘調査が再開された。これに相前後し,あるいは併行して地質調査を行い、ボーリング採取試料を対象に様々な自然科学分析を実施することによって,保存・整備方法や古環境復元に必要な多くの情報を得ている。当日のポスター発表では,1998年度調査成果の概要を報告するとともに,今後どのように真脇遺跡の保存・整備・活用をはかっていくのかという将来構想を紹介する。
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