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本間義治(新潟大・名誉教授)・中村幸弘(上越水族博)・箕輪一博(柏崎市博)・〇青柳 彰(寺泊水族博)・古川原芳明(佐渡汽船)
目 的 佐渡航路は,北より順次 (A)新潟〜両津,(C)寺泊〜赤泊,(B)直江津〜小木の
3本あるが,ジェットフォイルの就航していない C航路は,運航記録に鯨類に関する情報を残す義務は課せられていない。そこで,前報(本間,1990,1995;本間ら,1995,1996,1997,1998)に引き続き,主として1997年
5月以降に A,B両航路で目撃された鯨類の記録と,前報に追加さるべき新潟県沿岸への鯨類や鰭脚類の漂着ないし衝突記録を整理・紹介しておきたい。
方 法 佐渡汽船の A,B両航路に就航しているジェットフォイル乗組員の目視記録と,演者らが報告を受けて観察・処理したり,収集したいわゆるストランディング・レコ−ド等を纏め,解析した。
結果と考察 今回は,演者らの努力にかかわらず,漂着等の記録は 8例と少なかった。これは,1997年の初冬以降,1998年春季までの間は,鯨類に限らず,他動物の漂着件数が例年に比し極めて少なかったことと軌を一にしている。格別特異な現象とは思われないが,海況・気象の資料と合わせて,さらに解析検討する必要があろう。A航路は,実質わずか1997年5月1ヵ月間の記録であるが,5月上旬の10時頃に目撃される機会が多いことが分かる。そして,イルカは群れて北上しているのに,クジラはほぼ単独で,北上・南下両方がみられる。B航路は,A航路より目撃件数が少ないが,これは就航数が少ないことと関係している。ここでは,4月の昼過ぎに目視できることが多いようである。また,イルカは群れているのに,クジラは単独か精々
5〜6頭である。A航路と合わせて大きさから推定すると,これらのクジラは,繁殖後のオウギハクジラに限らず,ツチクジラという可能性もある。
その他興味深い記録は:@1997年 8月26日午後に,大型クジラ 1頭がジャンプするのが観察されている。A1998年
2月27日に,新潟西港近くで,一見垂直に銛の刺さったような5m以上の生き物(?)が,白波を立てて潜水していった。B翌1998年
2月28日に佐渡沖で,黒い山型の鰭に白斑の散らばったものが目撃された。C1998年
3月 8日に,航走中のジェットフォイルの吸水圧が低下したので,着岸後,潜水調査したところ,支柱に動物の内臓や骨がひっかかっていた。それらのうち,骨
1本は本間へ持ち込まれ,イルカの肋骨と査定された。
漂着例のうち,1998年 3月 6日に柏崎市高浜へ寄った雌オウギハクジラ(4.7m,1t)は,雄胎児(
1.29m)1頭を懐胎していた。
新潟県沿岸におけるオウギハクジラの漂着件数は,今回も 4例を加え得た。前報(本間ら,1998)でも指摘したように,新潟県が日本列島の都道府県中で,最も多いことが改めて明らかにされた。
山田 格(国立科博・動物)
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オウギハクジラが,我が国で初めて研究者の目にとまったのは,1960年である。秋田市下浜に漂着したこの個体を調査し,日本鯨類研究所の英文誌に報告した西脇昌治博士は,新聞に「イワシクジラ」として報道された記事の写真を一目見て,その個体がアカボウクジラ科それもおそらくメソプロドン属のクジラであることを直感したという。ちょうど神奈川県の大磯に同じメソプロドン属のクジラが漂着し,調査の結果「イチョウハクジラ(Mesoplodon
ginkgodens)」という新種として記載された直後でもあり,感覚がとぎすまされていたということもあったのではあるまいか。ハッブスオウギハクジラ(Mesoplodon
carlhubbsi)が宮城県鮎川で発見されたのもこのころのことであり,新発見に沸いた当時の雰囲気がうかがえる。
さて,「珍鯨中の珍鯨」ともいわれたオウギハクジラは,その後も散発的に日本海側各地で報告され,1985年には新潟県で全身骨格も採集された。1988年には石川県で2件の報告があって,日本海セトロジー研究グループ発足のきっかけとなった。グループ発足後10年目を記念するこの総会で,謎のクジラ「オウギハクジラ」についてわかったことをまとめてみたい。
当初,日本海のメソプロドンに関して,オウギハクジラとイチョウハクジラが混在している可能性が示唆されていたが,現在まで確認された範囲ではこれまでの発見はすべてオウギハクジラであり,日本海沿岸各地ではイチョウハクジラの発見は確認されていない。漂着地の範囲は鳥取から稚内(あるいは利尻島)までで,分布の中心は石川県から新潟県,あるいは北へ広がって山形県から秋田県までの範囲である。新生児の漂着があったのは石川県,新潟県と秋田県であり,体長は200から220cm,新生児や若い個体では,腹側半は明るい灰色から白,背側半は濃い灰色で,4mをこえる頃から全身濃い灰色ないし黒の成体の体色に変化するらしい。妊娠雌の漂着もあり,本種が日本海で繁殖している可能性は高い。胃内容物で確認できたのは,イカの顎板であった。イカはドスイカなど,水深200m前後から600m程度の中層に棲息するといわれる種であった。
石川創(日本鯨類研究所)
日本鯨類研究所ストランディングレコードデータベースに登録されている日本海側の鯨類の漂着(漂流),迷入,混獲例のうち,1901年から1997年までの記録で鯨種判定精度の高いと思われる502件の情報を利用して,その鯨種と季節的な特徴を調べた。日本海におけるストランディングレコードに占める主要鯨種は,ハクジラでは20種428件の記録のうちカマイルカ(146件),オウギハクジラ(45件)及び種不明メソプロドン(45件),イシイルカ(49件),スナメリ(29件)が多数を占めた。ヒゲクジラは5種74件の記録があり,ミンククジラ(63件)が圧倒的であった。日本海側のストランディングは,1月から5月に多く,7月から11月にかけて少ない傾向が特徴的である。この傾向は混獲,漂着ともに同様に見られるが,混獲が4〜5月に最多であるのに対し,漂着は1〜2月に最多である。これらの季節的傾向は,日本海の主要鯨種のうち,カマイルカ,イシイルカ及びおそらくはメソプロドンの季節的な分布変化を反映していると考えられる。一方ミンククジラ,スナメリについては季節的な変化は比較的乏しく,周年沿岸に生息していることを示唆した。迷入を含む漂
着の発見時生存率は,1〜2月が最低で季節とともに上昇し,8月に最高となることから,水温が衰弱個体の生存に大きく関わっていることを示唆した。
平口哲夫(金沢医科大・人文)
北陸の鯨類骨出土遺跡については,鰭脚類とともに水域環境と動物遺体組成の両観点から検討したことがある(平口,1992)。今回は,その後発見の5例を加えた18遺跡について,鯨類骨の出土状況を中心に再検討するものである。
北陸(福井・石川・富山3県)における縄文時代から平安時代までの動物骨出土遺跡49例(福井7,石川30,富山12)のうち,18遺跡(福井1,石川11,富山6)から鯨類骨が出土している(金沢市米泉遺跡は,鯨骨製品のみ)。すなわち,北陸の鯨類遺跡率は36.7%,石川・富山両県に限れば40.5%(17×100/42)となる。この数値は,演者が算出した国内ならびに東アジア諸地域の鯨類出土率のなかで最高位を占めている。このことは,縄文時代以来,北陸,特に能登半島・富山湾沿岸の人々が鯨類資源に恵まれ,これを盛んに利用していたことを示しているといえよう。
真脇遺跡出土の多量イルカ骨についての動物考古学ならびに民族考古学的研究は,縄文時代イルカ漁を立証したのみならず,本地域がいくつかの捕鯨起原地のうちの一つをなす可能性をも示唆している。しかし,鯨類骨の多量出土例のみが鯨類考古学的に重要な意味をもつわけではない。富山市北代(きただい)遺跡における縄文時代中期掘立柱建物の柱穴から出土した鯨骨は,たった1個の椎骨破片ながら興味深い問題を提起している(富山市教委,1997・1998)。このような単独出土例をも含めて鯨類骨出土遺跡を類型化し,相互関係を検討することによって,この地における鯨類と人間との深い関わりがいっそう明らかになるものと考えられる。
| 遺跡名 | 所在地 | 主要時期 | 近辺の水域 | 主要水産動物遺体 | |
| 1 | 鳥浜貝塚 | 福井県三方町 | 縄文前期 | 三方湖 | 淡水産 |
| 2 | 米泉遺跡 | 石川県金沢市 | 縄文後・晩期 | 伏見川中流 | |
| 3 | 上山田貝塚 | 石川県宇ノ気町 | 縄文中期 | 河北潟 | 淡水産 |
| 4 | 堀松貝塚 | 石川県志賀町 | 縄文中期 | 福野潟 | 汽水産 |
| 5 | 神代貝塚 | 石川県志賀町 | 縄文中期 | 福野潟 | 汽水産 |
| 6 | 赤浦貝塚 | 石川県七尾市 | 縄文中期 | 七尾市南湾・赤浦潟 | 鹹水産 |
| 7 | 三室福浦遺跡 | 石川県七尾市 | 縄文晩期 | 七尾南湾 | |
| 8 | 木ノ浦遺跡 | 石川県中島町 | 縄文前期〜古墳 | 七尾西湾 | |
| 9 | 半ノ浦遺跡 | 石川県能登島町 | 縄文前期 | 七尾西湾 | 鹹水産 |
| 10 | 三引遺跡(貝塚) | 石川県田鶴浜町 | 縄文前期 | 七尾西湾 | 鹹水産 |
| 11 | 真脇遺跡 | 石川県能都町 | 縄文前〜晩期 | 内浦(富山湾口部) | 鹹水産 |
| 12 | 舳倉島シラスナ貝塚 | 石川県輪島市 | 古墳 | 日本海 | 鹹水産 |
| 13 | 朝日貝塚A地点 | 富山県氷見市 | 縄文前〜後期 | 富山湾・十二町潟 | 鹹水産 |
| 14 | 大境洞穴遺跡 | 富山県氷見市 | 縄文中期〜弥生 | 富山湾 | |
| 15 | 十二町潟排水機場遺跡 | 富山県氷見市 | 縄文前〜晩期 | 富山湾・十二町潟 | |
| 16 | 小竹貝塚 | 富山県富山市 | 縄文前期 | 神通川河口・放生津潟 | 汽・淡水産 |
| 17 | 北代遺跡 | 富山県富山市 | 縄文中期 | 神通川下流 | |
| 18 | 境A遺跡 | 富山県朝日町 | 縄文中期〜晩期 | 富山湾 |
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岡崎美彦(北九州市立自然史博物館)
北九州地方は,新生代漸新世の鯨類化石の産出地である。この化石鯨群集は,日本の代表的なものであり,鯨類の進化史上でも重要な位置にあるもので,これらをその分類上の位置とともに紹介する。
芦屋層群 北九州市若松区・八幡西区・下関市などに分布する芦屋層群は,後期漸新世(約3000万年前)の海成層で,多くの種類の軟体動物化石が産出している。この芦屋層群から,いくつかの種類の鯨類化石が知られており,北海道の足寄で産出したものとともに,日本のこの時代の海生哺乳動物群を代表するものとして重要である。
芦屋層群の鯨類化石には,ひげ鯨類のケトテリウム類のうち,最も初期のものにあたる種類が複数存在する。また,「歯のあるひげ鯨類」も共存している。
歯鯨類では,アゴロフィウス類・スクアロドン類の他,所属未定の歯鯨類が知られており,この時代の海の多様な種構成を示している。
なお,鯨類と共存する海生の脊椎動物として,多くの種類のサメ・エイ,ウミガメ,潜水性の鳥のプロトプテルム類(複数種),海牛類などが知られている。
漸新世鯨類の重要性 始新世に出現した原鯨類から,漸新世の中ごろに歯鯨類とひげ鯨類の現生2亜目が発展した。従って漸新世には鯨類の多くが現在と比較して原始的な形態を持っており,それぞれの形態がどのような順序で,どのようなところで,どのような時期に出現・変化してきたのかを示している。
例えば,芦屋層群の代表的な種類である「ヤマトクジラ」は,「くじらひげ」で餌を摂取するひげ鯨類のうちでも最も初期の形態をもっている。この種類では,前肢の形態は十分に現在のものと比較できるが,長さに関する面ではかなり異なっている。また外鼻孔は現在のものよりもずっと前方に開口しているし,吻部と下顎には「くじらひげ」とともに歯の痕跡もある。
大石雅之(岩手県立博物館)
東北日本,北上低地帯の海成鮮新統からはヨーロッパや北米に知られる絶滅属の鯨類化石が産出しているが,この時代の鯨類は現生属の起源を知る上でも重要である。1987年に平泉地域で発掘されたヒゲ鯨類の下顎骨の検討を進めたところ,この鯨が現生の巨大鯨と密接な関係にあることが明らかとなった。
標本は岩手県立博物館の所蔵である(IPMM60016)。産地は岩手県西磐井郡平泉町平泉字南郷鼠沢の特殊資源砿業採掘現場,産出層準は竜の口層,その年代は前期鮮新世である。比較した現生鯨類標本は,東北大学自然史標本館,岩手県立博物館,釧路市立博物館,北九州市立自然史博物館,東海大学海洋科学博物館,国立科学博物館などの所蔵である。ヒゲ鯨類の下顎骨は視点によって形態が異なって見えるため,水平枝の下縁を水平に置いた状態を基準にして実測し,比較を行った。化石標本の比較は主として文献によった。
本標本は右下顎骨である。後部から中前部までほぼ完全に保存され,分離した前部も含めると2110mm+となる。最前部および筋突起の先端は失われ,小さい下顎孔は背方から圧縮されて潰れている。関節突起も破損しているが,著しく内旋する特徴を示す。筋突起は上方からわずかに外側を向く。水平枝は緩やかに外側へ一様に湾曲し,内側面はほぼ平坦で外側面は凸をなす。筋突起の直前でほぼ垂直ないしはわずかに内旋していた水平枝の内側面は先端でわずかに外旋する。水平枝の高さは前端へ徐々に低くなる。
以上の特徴は現生ヒゲ鯨類各科の中のコセミクジラ科Neobalaenidae,セミクジラ科Balaenidae,コククジラ科Eschrichtiidae
と一致しない。また,30属以上,約60種あるといわれるいわゆる“ケトテリウム科Cetotheriidae”(後期漸新世〜後期鮮新世)の鯨類との比較は容易でないが,Mesocetusなどのような報告されているいくつかの属で下顎孔が大きく,とくに頭骨の吻部要素の後退が著しいMixocetus(後期中新世,北東太平洋)でも下顎孔が大きいといわれ,本標本と異なる。本標本の下顎孔が小さい点や水平枝の断面形態などは,むしろコイワシクジラなどのナガスクジラ科Balaenopteridae
と一致する。
そこで現生ナガスクジラ科の全種について実測を行って比較したところ,ザトウクジラは筋突起が高くなく,シロナガスクジラは他のナガスクジラ属Balaenopteraと異なって関節突起が明瞭に内旋し,水平枝先端は外旋しないことが明らかとなった。平泉産の下顎骨はこの点でシロナガスクジラと一致するが,関節突起の内旋の程度は著しい。
近年明らかになってきた ナガスクジラ科鯨類の索餌機構を考慮すると,上記のシロナガスクジラと他のナガスクジラ属の下顎骨の相違は上顎骨の形態と調和し,このことは両者の間で索餌機構に係わる頭蓋・下顎骨複合体に大きな構造的変化があったことを示唆している。平泉産の標本はこの変化が前期鮮新世には起こっていたことを示しており,2つのグループはこの時代にはすでに分化していたものと考えられる。従ってシロナガスクジラはナガスクジラ属の一員というよりも別の属とみるのが妥当だろう。属名は
Sibbaldus Gray,1864 よりも Sibbaldius Flower, 1864 が適当である。
〇本間義治・牛木辰男・武田政衛(新潟大医・解剖)・内藤笑美子・出羽厚二・山内春夫(新潟大医・法医)・山田 格(国立科博・動物)・後藤睦夫(日本鯨研)
目 的 新潟〜両津航路(佐渡汽船)に,ジェットフォイルが1977年
5月から就航して以来,1年 4ヵ月後の 9月17日にクジラらしいものと衝突した。その後,1998年
5月までに 9回の衝突事故を起こし,人身事故も 2度発生した。そこで,衝突防止策として佐渡汽船では,鯨類忌避音波発生装置を備え付けたりした。1994年10月31日に衝突した相手の筋肉塊(骨片を含む)は,ジェットフォイルの吸水管に吸い込まれていたので,組織学的に検索し,鯨類の一種であることを確かめた(Honma
et al.,1997)。1997年3月2日に衝突した相手の筋肉塊も,やはり吸水管に残されていた。ところが,その翌日に柏崎市笠島海岸に,胸椎と肋骨が骨折し,大量の内出血を伴った雌のオウギハクジラ(Mesoplodon
stejnegeri True,1885)(5.0m,1.5t)が漂着し,この個体が衝突相手の疑いがもたれた。そこで,両者の組織学的観察と遺伝子鑑別を試みた。
方 法 10%formolで固定された両試料の一部は,ブアン氏液で再固定し,10μmの切片を作成,Hematoxylin-eosin,Masson-Goldner,MG-Aldehyde
fuchsinで染色して観察した。次に,生鮮(冷凍)試料の皮膚と筋肉片から,フェノ−ル/クロロフォルム法で
DNAを抽出し,28Sリボゾ−ム RNA遺伝子内の人獣鑑別に用いているプライマ−を使用し,ダイレクトシ−クェンスを行い,両試料を比較した。さらに,3種類のマイクロサテライト(
4塩基繰り返し)の型を比較検討した。
結 果 ジェットフォイル付着組織片と漂着個体のそれは,同じ像を示した。まず皮膚は,表層より順次:@角質化していない滑らかな上皮層。A
1〜2細胞層で,メラニン色素が存在する顆粒層。B各細胞が明るい核を持ち,細胞間橋が発達している細胞層の厚い有棘層。C真皮層に接する柱状細胞からなり,メラニン色素を産生し,排出している基底層。D主として膠原繊維と,ほかに脂肪組織や細網繊維からなる真皮層。Eその下の真皮下層(blubber)。Fさらに筋層となる。このような像は,鯨類のものであるが,今回の切片には,前報(Honma
et al., 1997)で記載した筋紡錘はみられなかった。G骨片は,海綿骨で梁柱が発達し,層板構造をなし,骨細胞が認められ,哺乳類硬骨の像を呈していた。
リボゾ−ムRNAの遺伝子内の107bpは,ジェットフォイルの試料と漂着したオウギハクジラのものと一致しており,3種類のマイクロサテライトも同一の型を示した。したがって,両者は同一種で,しかも同一個体であることが確かめられた。考 察 世界の海でジェットフォイルが就航しているのは,10航路ほどで,新潟〜両津航路を除けば事故は2回位(済州島と沖縄?)という。したがって,佐渡海峡における鯨類との接触回数が多いのは,就航数が多いことに加え,就航船による鯨類目撃頻度が比較的高い(鯨類が多い)ことも一因と考えられる。しかし,種が確かめられたのはまだコビレゴンドウ?とオウギハクジラだけであり,今後も追跡調査と防止策を講ずる必要がある。
〇本間義治・牛木辰男・武田政衛(新潟大医・解剖)・山田 格(国立科博・動物)
目 的 1997年 1月 2日に,日本海の島根県隠岐島沖でロシヤ船籍タンカ−のナホトカ号(13,157)が大時化に遭い,船体が折損二分し,積載していた中国産
C重油19,000klのうち約6,240klが流出した。重油は,富山県を除く島根県から山形県までの沿岸へ漂着し,沿岸生物へ被害をもたらした。1月21日に石川県内灘町海岸へ漂着したカマイルカの肺が油分で煤けていたり,本報する
3月12日に柏崎市米山海岸へ漂着したカマイルカも体表に油膜を被っていたので,鯨類や海亀類への影響も懸念された。そこで,漂着鯨類の臓器ことに生殖腺を環境攪乱因子の影響も念頭におきながら顕微鏡レベルで観察してみた。
方 法 供試材料は,新潟県上・中越地方の海岸へ漂着したカマイルカ(Lagenorhynchus
obliquidens Gill,1865)3頭で,A:1997年2月5日,上越市中央海岸全長1.72m,体重0.052t,卵巣重1.7g。B:1997年
3月12日,柏崎市米山海岸,1.53m,0.05t,1.7g。C:1997年 4月25日,柿崎町直海浜,1.80m,0.088t,右葉2.6g,左葉2.2gである。10%formolで固定された卵巣は,外形を観察した後,Bouin氏液で再固定し,10μmの切片を作成し,Hematoxylin-eosin,Masson-Goldner(MG),MG-Aldehyde-fuchsinで染色し,鏡検した。
結 果 どの卵巣も長卵形〜楔形で,表面は円滑であり,髄質部を包んでいたが,成熟卵胞・黄体・白体などによる隆起,卵胞の破裂や排卵による陥凹などは,全くみられなかった。したがって,若い個体であることが察しられた。
組織像も 3個体分とも全く同じで,@最外層は1層の生殖上皮と薄い膠原繊維層(白膜)からなる被膜,A緻密な繊維芽細胞と繊維からなり,多数の未熟卵胞が存在する皮質部,B緻密な結合組織内に多数の血管などが存在する髄質部からなる。しかし,皮質との境界はさだかでない。卵母細胞は,ほとんどが一次卵胞で,卵原細胞は認められなかった。卵胞上皮細胞は,発達に伴い数を増し,立方状から柱状となる。卵細胞質は,微顆粒状から外周に粗顆粒状の膜様構造を示すものまであり,結局透明帯にまで発達した卵胞もある。一部の卵胞上皮は,二次卵胞に向かっている。一方,相当数の様々な段階の像を示す閉鎖卵胞がみられた。すなわち,上皮が寸断し,卵細胞質が液状化や空胞化したものから,リポフスチン様黄色顆粒が存在したり,真珠形成様構造を示すものまであった。皮質部と髄質部は移行しあい,皮質部には,腺様構造を呈する繊維芽細胞塊が散在していた。また,螺旋動・静脈の断面が介在していた。髄質部では,多数の入り組んだ筋型動脈を含む血管が,卵巣門の方へ向かって走っていた。
考 察 すでに,Honma et al.(1992), Honma(1994), Honma and Yamada(1995)が指摘しているように,冬季日本海沿岸各地へ漂着する鯨類は,老衰体か,幼体が多いという傾向が,今回の観察結果によって一層明らかになった。大時化の日本海における鯨類死因の一つに,呼吸不全を取り上げた本間ら(1993)や本間(1994)の推定を踏まえ,今後も資料を増やしていきたい。
〇早川大輔・陳 華岳(岐阜大医・解剖T)・江村正一・玉田 章(岐阜大医療技短)・Marjan
Jamali・田口裕隆・矢野竜一朗・小沢由紀・吉田岸子(岐阜大医・解剖T)・大嶽昇弘・磯野日出夫(平成医専学院)・正村静子(岐阜大医・解剖T)
材料および方法 9種の海棲哺乳動物(オキゴンドウ,コビレゴンドウ,ハナゴンドウ,ハンドウイルカ,カマイルカ,スナメリ,カリフォルニアアシカ,キタオットセイ,ラッコ)を用いた。すべての個体は,太地にて捕獲・屠殺されたもの,または水族館で死亡したものである。甲状腺を含む頚部組織を摘出後,10%
ホルマリン溶液で固定した。実体顕微鏡下で周囲の結合組織を除去し,甲状腺表面を露出するとともに,周辺に上皮小体を求めた。甲状腺および上皮小体から小片を切り出し,1%
四酸化オスミウム溶液にて後固定を行い,アセトン上昇系列で脱水,エポキシ樹脂に包埋した。準薄切片を作製し,アズールUによる単染色を施し,光学顕微鏡で観察をおこなった。固定状態の良好なものは,超薄切片を作製し,酢酸ウラニルと鉛塩の二重電子染色を施し,電子顕微鏡の観察に供した。
結 果 6種の鯨類の甲状腺は,1つの大きな腺体として気管上部の腹側に存在していた。オキゴンドウ,コビレゴンドウ,ハナゴンドウ,ハンドウイルカの甲状腺は表面が結節状を呈していたが,比較的体の小さいカマイルカ,スナメリでは平滑であった。また,体重の大きい種ほど,体重に対する甲状腺の重量は小さかった。固定状態の良好であったハナゴンドウとハンドウイルカでは電顕上,濾胞細胞と旁濾胞細胞が認められた。さらにハナゴンドウ,ハンドウイルカでは上皮小体が確認された。どちらも甲状腺の裏面に2個または4個存在し,平均の大きさはハナゴンドウで
2.7±0.4mm×1.5±0.8mm,ハンドウイルカで 2.0±0.3mm×1.5±0.5mmであった。電顕で観察できたハンドウイルカの上皮小体実質は1種の主細胞からなり,ゴルジ装置,粗面小胞体の発達が悪く,分泌果粒が豊富であった。カリフォルニアアシカとキタオットセイの甲状腺は左右2葉に分かれて気管の外側に存在し,表面は平滑であった。観察した2頭のラッコのうち1頭の甲状腺は左右2葉に完全に分かれていたが,他の1頭では左右の甲状腺葉をつなぐ細い峡部が存在した。光顕上,すべての種の甲状腺において,著明な差は認められなかった。
考 察 観察した鯨類の甲状腺の形は,陸棲哺乳動物に見られない,いわゆるOttoらの分類でいう鯨類型であった。カリフォルニアアシカとキタオットセイの甲状腺の形はOttoらの分類でいう食肉類型であった。ラッコについては観察した2頭で異なる形態を呈していたため,症例数を増やして検討せねばならない。確認したハナゴンドウとハンドウイルカの上皮小体は,大きな体のわりに非常に小さなものであった。宇宙旅行により骨からカルシウムが融出することが知られているが,重力の影響が少ない水中で一生を送る鯨類では,血中にカルシウムを動員する上皮小体ホルモンの必要が少ないため,上皮小体が小型であるのかもしれない。また海水中には豊富な塩類が含まれることも,上皮小体が退化的である理由の1つかもしれない。今後,他種の鯨類を観察し,検討したい。
中村雅之(海の中道海洋生態科学館)
近年,九州内においてイルカウォッチングを実施している地域が増加傾向にある。今回はこれらのイルカウォッチングを行っている地域を紹介するとともに,昨年より新規に開始された北九州市沖の藍島のスナメリウォッチングについて,当館が周辺海域において乗船調査を行い,若干の知見を得たので報告する。
| 表紙 | プログラム | あいさつ | 記念講演 | ポスター発表 |
| 第10回大会 | 第11回大会 |