要 旨
国際連帯税が脚光を浴びている。その理由は、@貧困問題や温暖化対策などに必要な資金を創出し、A投機マネーを抑制してグローバル金融市場を安定させ、B現在の強者や強国に偏向した不透明で、非民主的で、アカウンタビリティ(説明責任)を欠くグローバル・ガヴァナンスを、透明で、民主的で、アカウンタブルな(説明責任を果たす)ものに変えうるからである。
すでに航空券連帯税が実施されており、現在は通貨取引税が焦点となっている。10月には国際連帯税を進めるリーディング・グループの中にタスクフォース(作業部会)が設置され、イギリス金融サービス庁長官が通貨取引税を支持するなど、連帯税の実現性が高まりつつある。
日本においても、国会議員が国際連帯税議員連盟を、政府が地球環境税等研究会を、市民社会は国際連帯税を推進する市民の会を設立した。そして、議連との協力の下、国際連帯税推進協議会(座長:寺島実郎・多摩大学学長)が創設され、日本が連帯税を実現させる鍵を握りつつある。
プロフィール:1965年大阪生まれ。大阪大学大学院法学研究科修士課程、カールトン大学大学院国際関係研究科修士課程修了。博士(学術、千葉大学)。カナダ国際教育局カナダ・日本関係担当官、国連食糧農業機関(FAO)住民参加・環境担当官、千葉大学地球福祉研究センター准教授等を経て、現在、横浜市立大学国際総合科学部准教授、国際連帯税推進協議会委員。“持続可能なグローバル福祉社会”の実現を願いながら、研究・教育・実践・ネットワーク活動を行なっている。著書:『世界の貧困問題をいかに解決できるか』(現代図書)、『グローバル化の行方』(新世社)、『国際関係論を超えて』(山川出版社)、『新世紀における永続可能な発展の新しい挑戦』(CIER出版、英文)、『世界から貧しさをなくす30の方法』(合同出版)、『おカネで世界を変える30の方法』(合同出版)、『ALL
YOU NEED IS GREEN』(講談社)など。
要 約
本日は、環境破壊もなく、貧困や極度な格差もなく、戦争もない安心して暮らせる世界をどうしたら作ることができるのかというテーマを一緒に考えたいと思います。
私たちが生まれ、生きて、そして死んでいく地球社会。そこには多くの深刻な問題があります。例えば地球環境破壊の問題。一秒間にテニスコート20面分の森林が破壊されています。貧困問題、飢餓の問題では、途上国では3秒に一人、飢餓・栄養失調が原因で子供が死んでいます。その数は一年で1000万人以上です。一方で、たった1%の豊かな人が世界全体の富の40%を所有している。これが地球社会の現状です。
どうしてこんなことが起こっているのか。色々な原因がありますが、少なくても三つ指摘したいと思います。それは@資金の不足、A国際経済の変容、Bグローバル・ガヴァナンスの欠如
です。
1. 資金の不足について
温暖化対策には15兆円、MDGs(ミレニアム開発目標)達成には年5兆円、食糧を援助するには年1兆5000億円から2兆5000億円かかります。その一方で、ODA(政府開発援助)は停滞していて資金調達の見込みはありません。
2 国際経済の変容について
世界には二つの経済があります。一つは実際にモノやサービスを売ったり買ったりするもので、これを実体経済と言います。それに対し、ただお金を右から左へと動かしてその利ざやで短期的利益をあげるバーチャル経済・ギャンブル経済があります。
現在、世界の実体経済が3600兆円(2003年)であるのに対して、ギャンブル経済の規模は1京3000兆円、実体経済の3.6倍にも達しています。何も生み出さず、巨額の金を右から左に動かして短期的利潤を求めるマネーゲームがここまで拡大しています。
3.グローバル・ガヴァナンスの欠如
たとえば、外国為替市場でのマネーの動きは、1973年4兆ドルだったのが、80年代に40兆ドル、2007年には770兆ドルにも達しています。
このような国際金融資本の動きに、国や企業は逆らえません。逆らえば、国債や株が売り浴びせられ暴落するからです。(94年メキシコペソ危機、97年アジア通貨危機、タイでは一週間で百万人が失業、インドネシアでは三ヶ月で2100万人が突然貧困生活を強いられました。)
途上国の人はお金がないから食費が高騰すると窮してしまいます。ハイチでは暴動が起こり、首相は辞任しましたが事態は変わらず、人々は泥を食べて命をつないでいます。世界では33か国がこういう状態です。これが、ギャンブル経済が実態経済に与える、現実の事態なのです。
でも、大もうけしている人たちは税金を納めて社会に貢献しているじゃないか、と思うかも知れませんが、そうではありません。世界貿易の50%金融取引の50%がタックスヘイブン(税がかからない地域)を通じて行われています。このため、お金は先進国から途上国にではなく、途上国から先進国へ年50兆円ものお金が流れています。そのうちアフリカからの資本避難が年14兆8000億円です。多くの多国籍企業が途上国で創業し、驚愕の利益を上げていますが、利益はほとんどタックス・ヘイブンに移され、途上国には税収が入ってきません。こうしたタックスヘイブンなどのオフショア経済に隠されている資金は、実に総額で1150兆円です。これに通常の税をかければ25兆5500億円の税収が見込めます。
ミレニアム開発目標に必要なのは年間5兆円ですが、このお金がないないために、目標は達成されそうにありません。しかし、お金はあるところにある。こんな状態を放置して援助を繰り返しても、穴の開いたバケツに水を入れているようなものです。そこにはお金の透明性もなく、どれだけ途上国にお金が入ってどれだけ出て行くのかも正確にはわからない。今こそ「漏れを防ぐ」ことが必要です。
それでは、どうしたらよいでしょうか。ここで解決策の一つとして提案したいのがグローバル・タックス、ないし国際連帯税です。なぜ税なのか。皆さんの中に税が好きな人はいますか。税は敬遠されがちですが、その税が公正に徴収されて、その使途が明確で、きちんと問題を解決する目的で使われれば大きな役割を果たします。
税によって必要な財源を生み出すことができます。そして税には「グッズ減税・バッズ課税」という重要な機能があります。ここは今日の話のポイントです。つまり環境や社会などに良いものには減税や補助を進め、逆に悪いものには重く課税することによって、環境や社会によい仕組みを作れるのです。たとえば環境にいいことをしたら得をする。悪いことをしたら損をする仕組みを作ればよいのです。
ドイツや北欧では、この「グッズ減税・バッズ課税」によって環境の負荷を下げ、税収を社会保障の財源や企業は社会保険料の軽減に使うことで、雇用も促進され失業が減っています。まさに一石四鳥です。日本はこういう成功例を学ばないといけません。
これをグローバルに行うのが、グローバル・タックスないし国際連帯税です。グローバルな活動に課税して、グローバルな活動の負の影響を抑制し、税収をグローバルな公共財の供給に使う税のことをいいます。でも、そんなことは本当にできるのか。実は、もうすでに始まっています。その最初の例が航空券連帯税です。飛行機に乗ることができる豊かな人に課税をし、貧しい人々に再分配し、とりわけ税収をエイズ・マラリア・結核で苦しんでいる貧しい人々の対策にあてています。
2006年にパリで会議がありました。当時のシラク大統領は「グローバリゼーションにより多様性は失われ、環境は破壊され、格差は広がった。今こそ私たちが連帯をして、手をつなぎあって、人間の顔をしたグローバリゼーションに変えたい」と演説しました。そしてフランスは航空券連帯税を提案しました。
現在、航空券連帯税に賛同する国が28ヵ国、現実に導入しているのが13ヵ国です。また、このようなグローバル・タックスを議論・検討するための「革新的開発資金に関するリーディング・グループ」が創設されましたが、現在55ヵ国が参加しています。
航空券連帯税の税収は2006年9月19日に設立されたユニット・エイド(UNITAID)によって管理・運営されています。連帯税という安定した資金で医薬品を大量かつ長期的に購入することにより、エイズの薬品を25〜50%、マラリアの薬品を29%、結核の薬を20〜30%げることができ、多くの貧しい人々が治療を受けられるようになりました。
今日は世界連邦運動の皆様がお聴きになっておられますから、ガヴァナンスの話をしましょう。従来の国際機関は政府代表から構成されています。他方、ユニットエイドの理事は、資金供給国から5名、アフリカとアジアから1名、市民社会から2名、WHOから1名、財団から1名出しています。国の代表だけでなく、NGO・市民社会もプロセスに加わり、透明性・アカウンタビリティ(説明責任)を確保しています。
市民社会代表理事に直接インタヴューしましたが、彼らの意見は十分尊重され、決定にも影響を及ぼしているという答えが返ってきました。議事録も全て公開されており、透明性の確保に尽力していることがわかります。これが新たなガヴァナンス、つまり透明で民主的で情報開示も行われたガヴァナンスです。
現在、地球炭素税、天然資源税、武器取引税など、いろいろな構想が議論されています。航空券連帯税の創設に伴ってユニットエイドのような超国家機関ができたように、これらの税が実現すれば、それぞれに新たな国際機関ができると思われます。
たとえば通貨取引税が実現すれば通貨取引税機関ができますが、同時にそれを監視し、使途等を議論する民主議会もあわせて設けるという構想があります。そこには政府代表だけでなく、各国の国会議員やNGO代表など様々なステークホルダーが参加し、幅広い声を拾い、一国一票主義でなく、人口比例の要素も加味します。人口大国は三票、小国は一票、間の国は二票という具合に加重投票する。これらの工夫でより民主的なガヴァナンスを行うという構想です。
グローバル・タックスが実現するたびに、それぞれに理事会と民主議会を設ける。これらが実現されていくと、バラバラに管理・運用していた税を、一元的に管理・運用するグローバル租税機関が実現され、それを監視、使途を議論するグローバル民主議会がつくられる可能性があるのです。ここに、グローバル・タックス通じて、世界連邦を実現する道程が見えてくるのではないでしょうか。財源はグローバル・タックスによって確保され、より透明で、民主的で、アカウンタブルなグローバル・ガヴァナンスが航空券連帯税の開始によって開かれました。
本当にそんなことが可能なのか。今、その方向に向けて大きな流れが出てきています。先ほど紹介したリーディング・グループ。これがかなり進展しています。すでに6回会合を開き、その中で出された提案を現実化するためにタスクフォース(作業部会)が創設されました。2007年9月にはタックス・ヘイブンと資本逃避に関するタスクフォースができ、2009年10月には、通貨取引税も含めて議論を行う、開発のための国際金融取引に関するタスクフォースができました。
ドイツのシュタインマイヤー前外相は、「金融危機対策の財源確保と投機の抑制を目的として、国際金融取引への課税を提案する。金融危機のコストは中小の納税者によってのみ負担されるべきではない。責任の公平な分担がなされなければならない。課税の対象は通貨のみでなく、株式やデリバティブなど全ての金融取引とする。」と発言していますし、同じくドイツの財務大臣は「国際金融取引税を勧める理由は明らかであり、この税は公正であり、害がなく、多くの利益をもたらす。もしこの案より適正な公正な負担共有の方法があるのならば聞かせてもらいたい。もしないのならばただちに導入しようではないか。」と発言しています。
金融立国のイギリスにおいても、金融サービス庁長官が「シティにおける金融業界は肥大化しているばかりではなく社会的に無益である。過度の防衛行為を防止するために、シティに対する課税を支持する。私は金融取引に対する課税、トービン税(通貨取引税)を喜んで支持する。」と言明し、ブラウン首相も国際金融取引税の導入を提唱しました。
ブラウン首相の提案は、金融危機の再発に備えた財源を金融業会の課税強化でまかなうことで、公的資金より銀行救済を行うことへの世論の反発をかわすことを狙っているとも言われていますが、ともあれ彼はG20で金融機関の責任を示す必要があると指摘しています。このように、ヨーロッパは動きはじめていますが、アメリカは慎重な姿勢を崩していません。
日本はどうなのでしょうか。以前は無関心というか消極的で、リーディング・グループにもオブザーバーとして参加しているだけでした。
しかし、2008年2月、超党派で国際連帯税の議員連盟ができました。谷垣禎一議員や、自民党税調会長であった津島雄二議員(当時)など、有力な方が入っています。福田総理の福田ビジョンの中では地球環境税導入を検討することが記され、そのために環境省を所轄官庁とする地球環境税等研究会も創設されました。そしてついに日本政府は、08年9月にリーディング・グループに正式参加することになったのです。
08年11月には東京で国際連帯税に関するシンポジウムが開催され、様々な専門家やNGO関係者が議論しました。その結果、本年4月に国際連帯税を推進する市民の会(アシスト)ができました。
このような流れを受けて、研究者、国会議員、NGO、さらにオブザーバーとして、外務省、財務省、環境省、世界銀行など様々なステークホルダー(利害関係者・団体)から構成される国際連帯税推協議会(座長:寺島実郎氏。通称、寺島委員会)が創設されました。その目的は国際連帯税、とりわけ通貨取引開発税の実現の道を探ることです。克服すべき技術的課題、税収の具体的使途、ガヴァナンスを検討し、そして日本発国際連帯税の立法化を目指しています。現在、通貨取引開発税をやるにあたってどういう技術的問題があるのかということを検討するための専門家ヒアリングを行なっています。
政権交代後、峰崎直樹副大臣・同議員連盟副会長は国際連帯税に関して、様々なアイデアについて今後議論を深めていくことが重要であるとIMF、世銀との会合で発言し、開発のための国際金融取引に関するタスクフォースには西村智奈美外務大臣政務官が参加し、加入を決定しました。通貨取引税型の国際連帯税が実現するかどうか、実は日本が鍵を握っているのです。詳しくは拙著『グローバル・タックスの可能性
持続可能な福祉社会のガヴァナンスをめざして』(ミネルヴァ書房、2009)をご覧いただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。
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