いま平和とは
―人権と人道のためにー

 
最上 敏樹 (国際基督教大学教授)

世界連邦石川 36:1(2007.2.1)




EUは世界連邦ミニ版

私の国際法研究生活の出発点は世界連邦であった。京都大学の国際法学者、故田畑茂二郎先生の『世界政府の構想』を読んだのがきっかけで、それから先生の著書をほとんど読んだ。田畑先生は世界連邦に全面賛成という立場をとらず、その長所短所を睨みつつ客観公平に分析されている。この本は名著である。哲学者の故谷川徹三氏も世界連邦主義者で『世界連邦の構想』という著書を出している。

私は世界連邦からスタートしたが、当時の国際情勢からEU(ヨーロッパ連合)や国連の研究に目を移していった。しかし心は世界連邦から離れていなかったと思っている。EUはヨーロッパだけで世界連邦のミニ版を作ろうという試みであった。何百年も戦争を繰り返してきた独仏が戦争をしなくなったのだから、それだけでも大成功である。多国間主義、法治主義を実現したのだ。この形を全世界に広げようとしても、すぐには無理であろう。

現実よりいいものを探求

私の恩師坂本義和先生は高名な国際政治学者で、現実をよく見つめ、常にその中からもっといいものがないかと考えるリアリストである。先日、教え子たちによる誕生祝賀会があり、先生は挨拶の中で「ここ十数年を振り返ってみると、反動、軍縮、ユートピアといった言葉がいまや死語になりつつある。なぜ使われなくなったかを考えてみてほしい」と鋭い問題提起をされた。

近時の世界は善と悪があって、善が悪を滅ぼせば世界は平和になるという単純な処方箋がまかり通っている。湾岸戦争で核兵器(劣化ウラン弾)が使われ、その後遺症が参戦したアメリカ兵士にまで生じている。「逆ユートピア」が広がっているのだ。いったい、よりよい世界を取り戻す力は世界のどこにもなくなったのだろうか。そうではない。平和を目指す人、人権を実現しよう、人道的なものを実現しようという人は沢山いる。難しい現状を地道にどう切り崩していけばいいかと取り組んでいる。

人権を大事にしようとの動きは急速に広がってきている。戦前の国際諸条約には人権という項目はほとんど見られなかったが、第二次世界大戦以後、世界人権宣言をはじめ数十項目にわたって見られるようになり、国際法の根本に人間が据えられ、人権は国際社会の中核を作っている。国際人道法が急速に広まり、国際刑事裁判所が2002年に設置された。世界のどこの国においてであろうと、極端な非人道的行為は見逃されなくなってきているのだ。このことは簡単には後戻りはしないだろう。

進む人間間の世界連邦

ではこういう潮流を誰が作ったのだろうか。それは普通の市民、つまり人権、人道に関わるNGO組織といっていい。赤十字はNGO組織である。フランスで作られた「国境なき医師団」、アメリカ発祥の「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」、あるいは「アムネスティ・インターナショナル」などNGOの力がなければ、これからの世界平和実現は考えられなくなっている。アナン国連事務総長も、国連活動にNGOの力をたくさん取り込んだ。

国家間の世界連邦ではなく、人間間の世界連邦、つまり人権・人道をテコにした人間連帯による別の形での世界連邦が作られつつある。21世紀のヒューマニズムは「受苦の無国籍性」と世界が気づき始めた。世界は見た目以上に一つになりつつあるといっていい。
                                (講演要旨・文責在記者)