この秋、金沢出身のジャーナリスト安江良介の遺筆『仁と元』を復刻したところ、予期以上の反響があった。このブックレットは、読書ガイダンスとして書かれたもので、一般には市販されていない。巻末に「安江良介が選んだ百冊の本」が付記され、その幾人かの著書の言を通して安江の世界観と時代認識が展開されている。僅か三十二頁ではあるが、その内容は深くて重い。
十五年も前に書かれているこの一書は、地球と人類が直面している諸問題の根源を、鋭くわれわれに問いかけている。恥ずかしいことに、私は安江の選んだ百冊の本は殆ど読んでいない。哲学者カッシーラの「国家の神話」引用の部分で、もう難しいと思ってしまった。しかし本文は僅か二十八頁、通読してもう一度、消化不良の部分に戻ってみると実に味わいがあって、その中の一冊を読んでみようかと思う。なるほど読書ガイダンスである。安江は古今の名著を通して、時代は変化して止まることはないが、その中において最も重要なことは人間の感性であり、その心と道徳にあると説き、「仁」と「元」という二つながらに人を意味する文字に象徴させて、人間性こそが全てであると呼びかけてくるのである。
私の人生において安江良介と造形作家中村錦平は、かけがえのない心の友であり畏友である。安江は美濃部東京都知事の特別職秘書や雑誌「世界」の編集長の仕事を通して、左翼の言論人と位置づけられているが、そんな単純なものではない。人間安江の思想と行動の幅の広さは、知れば知るほど驚かさずにおかない。「巧言令色鮮し仁」を口にし「巧いこと言いのゴッツオ喰い」を嘆き、知識人の変節とその弱さともろさを悲しみもした。『仁と元』は、世界を俯瞰し日本の将来を憂え、郷土を想い、人を愛してやまなかった安江良介渾身の一文と言っていいと思う。深く共鳴しながら、人々の心に響いて欲しいと希うばかりである。
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