早期大学教育としての新入生ワークショップと第1学年講義
― 新しい医学教育への試み ―

三由文久・平口哲夫・朝井悦夫・公地宗弘

(金沢医科大学教養論文集, 26:31-56, 1998から抜粋・改変)

The Workshop for the Freshers of KMU as an Early Exposure and its Relation to their Regular Classes:
A Modification in Medical Education

Fumihisa MIYOSHI, Tetsuo HIRAGUCHI, Etsuo ASAI and Munehiro KOHCHI



1.はじめに

2.ワークショップの構成

3.ワークショップの課題

4.ワークショップT"これからの学生生活"総括

 §ワークショップT課題1 「S君の生活リズム」

 §ワークショップT課題2 「自由な生活」

 §ワークショップT課題3 「部活と学業」

 §ワークショップT課題4 「学内喫煙」

ドイツ連邦議会は、職場や公共施設を禁煙とする禁煙法案を反対多数で否決した。同法案は超党派の議員が提案、非喫煙者の法的保護を目的にしている。

採決を前にした論戦では、「他者への配慮は自由意志に基づくべきで、立法の必要などない」といった意見が大勢を占めた。連立与党のゼーホーファー保健相自らも「官僚主義的な方法によって禁煙を達成すべきではない」と主張。また、財界も「禁煙法はドイツで典型的な過剰規制そのものだ」と嫌悪感を示していた。

同法案は、公共の施設、交通機関と職場を喫煙所以外では禁煙とし、違反した喫煙者には最高100マルク(約7000円)の罰金、喫煙所設置といった義務管理を怠った企業、団体には最高5000マルク(約35万円)の罰金をそれぞれ科すものだった。

ドイツのたばこ消費は昨年、370億マルク(約2兆5900億円)で、うち約6割が税収となっている。同法案が成立すれば、企業を中心に相当額の対策費用が必要になるはずだった。加えて、与野党幹部議員に愛煙家が多い現状があり、経済的負担を嫌った財界、税収の低下を懸念する政界の圧力が嫌煙派に勝った、と見られている。
(読売新聞1998.2.7、一部改変)

休み時間、廊下でタバコを吸っている人がいます。空缶を灰皿代わりにして。長い渡り廊下を歩きながらタバコを吸っている人も見かけます。吸い殻の行くへは‥‥‥。

高橋裕子さんのようにインターネットを使って積極的に禁煙指導にのり出した医師もいます(禁煙マラソン)。

医学生として喫煙問題をどのように考えますか。


従来から医学生の喫煙については学生指導上もいろいろ問題にされてきたところであり、喫煙に関連した事柄は「良医育成のための早期態度教育」にふさわしい課題となると考えた。一般に喫煙問題は多岐にわたるが、医学生としては特にマナー、有害性、対策の3点から検討することを期待した。課題を単に「喫煙」ではなく「学内喫煙」としたのは、入学直後とはいえ、すでに目撃しているであろう学内喫煙の現状をふまえて議論し、具体的な解決策を提案してほしかったからである。

課題文冒頭の新聞記事は、平口の原案に公地の提言で付け加えられたものである。タバコをめぐる議論では初めから喫煙=悪という前提になりがちであり、そのことが議論の興味をそぐことになりかねない。そこで、タバコのもたらす税収入というメリット、喫煙の法的規制の是非といった健康面以外の論点を紹介することによって、議論の活性化をねらった。

ポスター、OHPそれぞれ3グループ、計6グル−プが発表課題に選んだ。一般に喫煙マナーが悪いこと、また喫煙が健康を害することについての指摘は多々あり、医療の世界で指導的立場にある医師の喫煙が望ましいことではないという指摘もなされていた。しかし、喫煙対策については、分煙を進めるための施設改善の提案はあっても、禁煙そのものを推進するための方法を提示した例はなかった。また、喫煙の有害性についての認識がまだまだ不十分という印象をうけた。

新聞記事を付加したことの効果は、タバコ税を喫煙者用の設備やタバコの害についてのより詳細な研究に役立てるべきだという主張に部分的に反映したのみで、喫煙者のマナー向上を求める意見が主体をしめた多くのグループにとって、議論を多様化するインパクトにはあまりならなかったようである。


 §ワークショップT 課題5 「服装と人の心理」

5.ワークショップU"医師の人間性"総括

 §ワークショップU課題1 「医師の適性・理想像」

 §ワークショップU課題2 「ボランティア、生きることは分かちあうこと」

 §ワークショップU課題3 「医学知識と患者のこころ」

 §ワークショップU課題4 「医学部は文系?理系?」

 §ワークショップU課題5 「いま何ができるか」

6.ビデオ教材の検討

7.ワークショップ課題とSGL・系統講義の関係

 1)課題「学内喫煙」

原案作成者の一人平口は、以前から担当科目において喫煙問題を取り上げてきた。'87(S62)年度第2学期から担当することになった近代史では、喫煙を歴史的に取り上げ、'89(H1)年度と '90(H2)年度には、喫煙について第1学年全員にアンケート調査を実施し、その結果を講義資料に利用している。さらに、'95(H7)年度から近代史の代わりに開講されることになった人類学の第1学期講義では、歴史的のみならず人類学的に喫煙問題を検討している。また、文化史の第3学期講義でも、喫煙の日本伝来や歴史上の人物の喫煙習慣について話題にしたことがある。

「喫煙と健康」については、'92(H4)年度本学第4回医学教育に関するワークショップ(テーマ「本学における問題解決能力と自主学習能力体得のための少人数教育について」)においても、一つのグループが課題案として取り上げ、低学年対象のテュートリアルで用いることを検討している(平口,1992)。実際、'94(H6)年度から始まったテュートリアル学習の課題案にも喫煙に関連したものがいくつかあり、 '97(H9)年度第2学期(基礎編)には課題「お母さんが吸わなくても」(原案:三由)が採用されている。採用には至らなかった課題案の一つ「たばこのコマーシャル」については、 '97(H9)年度人類学の第1学期定期試験問題に活用し、その問題と解答例を下記ページで公開している。
タバコのコマーシャル

喫煙問題で今後重要なことは、喫煙者の健康管理である。喫煙常習者には心理的依存の傾向がつよい人と薬理的依存の傾向がつよい人とがいて、前者が喫煙をやめることは比較的やさしいが、後者はいわゆるニコチン中毒にかかっているわけであるから、麻薬や覚醒剤と同様、本人がやめたくても喫煙からの脱却はなかなか困難である。したがって、本人の意志や自覚にのみまかせていたのでは、喫煙問題は解決しない。すでに各地の癌センターや保健所、民間団体によって行われている、専門家指導の  禁煙プログラムを本学でも行うべきではないだろうか。学生に対しては、健康科学や衛生学または公衆衛生学の講義・実習で禁煙プログラムを扱うことができよう。
 
以上のように、第1学年(場合によっては他学年)のカリキュラムに関連させてワークショップ課題を設定することができ、そうすることによってその場限りの議論に終ることなく、その後のさまざまな機会を通じて学習効果をあげていくことができるのではないかと考える。


 2)課題「自由な生活」

日米中3国の高校生を対象とするアンケート調査を引用した課題「自由な生活」は異文化理解に関係している。平成10年度第1学期テュートリアル課題2「夜道の傷害事件」も安全性についての日米間の状況や考えの違いを中心テーマにしたものであり、やはり異文化理解のジャンルに含まれる。第1学年で開講されている系統講義のうち、異文化理解に関係の深い科目としては外国語(英語とドイツ語)と人類学があげられる。実際、「自由な生活」も「夜道の傷害事件」も、課題原案は英語教員によるものである。また、前節の喫煙問題も人類学の講義では異文化理解に絡めて取り上げている。

本学第1回教育問題懇談会(平成9年7月3日)のテーマ発表の一つ「6年一貫教育における1年次教育」において指摘したように、人文科学科目として開講している「人類学」の内容は文化人類学であるが、広義の人類学は人文・社会科学系と自然科学系の両分野にまたがっているので、一般教育等のかなりの分野に関係している。さらに、人類学が医学とも親和性をもつことから、一般教育・基礎医学教育・臨床医学教育の幅広い人材を結集して、人類学的視野による医学教育プロジェクト研究を推進することが可能であり、1例として「国際医療と異文化理解」という課題のもと、以下のようなサブテーマを掲げて学際的な医学教育に取り組むことができるという指摘も行った(平口,1998)。

@医療現場の異文化摩擦、A医療言語の国際比較、B国際保健における異文化体験、C海外旅行における医療問題、D東洋医学と西洋医学、E身体観・死生観の民族的相違、F日本における身体観・死生観の変遷、G死の定義についての比較法制学、H終末期医療の国際比較、I献体・臓器移植についての国際比較。

 現行の本学テュートリアルの一般目標(GIO)は「医学生として科学的思考ができるようになるための基本的な態度、技能、知識を身につける」ことにあるが、具体的には自然科学的思考に重点が置かれているようであり、入門編、基礎編、応用編と進むにつれ、自然科学3科目(物理・化学・生物)的な課題の比重が増す。人間教育という点では、人文・社会科学的な思考も重要である。もちろん、従来のテュートリアルにおいても人文・社会科学的な課題が取り入れられているが、系統講義との関係については自然科学3科目に比べていま一つ明確にされてこなかった感がする。この点を改善するためにも、上記のサブテーマは参考になるはずである。

8.オリエンテーションとワークショップの今後

9.おわりに

 引用文献

平口哲夫, 1992, 鯨類と人間―医科大学一般教育における少人数グループ教育の一実践報告―, 金医大教養論集, 20:111-136.
平口哲夫, 1993, 鯨類と人間―医科大学一般教育における作文指導―, 金医大教養論集, 21:63-74.
平口哲夫, 1994, 低学年対象のチュートリアル, 第4回医学教育に関するワークショップ記録,22-27.
平口哲夫, 1998, 6年一貫教育における1年次教育について―人間教育の観点から―,SCALE, 8:49-53.
三由文久, 1996, テュートリアル学習と私―課題作成への取組み―, 金医大教養論集, 24:43-61.
三由文久, 1997, テュートリアル学習と私U―基礎科学テュートリアルの年間授業計画とその課題―,金医大教養論集, 25:53-76.
田村暢熙・瓦井康之・角屋 暁・大谷信夫, 1998, 初期医学教育へのテュートリアル導入の効果, 医学教育, 29:31-37.
田村暢熙・大瀧祥子・原 亮・堀 功・松田清綱・松田博男・三由文久・安田幸雄・瓦井康之, 1998, 第1学年におけるテュートリアル教育―より実りのある教育を目指して―, 平成7年度金医大プロジェクト・共同研究成果報告書,85-87.


金沢ひまわり平和研究室 平口哲夫執筆の文献  管理者 平口哲夫