金沢医科大学平成9年度第1学年第1学期
人類学試験問題・解答例



(原文に若干手を加えてある)
問題2

以下に示したタバコの宣伝をみて、「なぜ」というかたちで問題点(いくつでもよい)を抽出し、人類学的に検討せよ。


若くたくましいヨーロッパ系登山家、 
  雄大な山脈を望み、一服のタバコ。

アラスカの森、鮭のぼる川、               
  4WDから降り立つ二人の男女、                 
     胸のポケットから取り出すタバコケース 
            
紺碧の海に白亜の城、               
  舞うは金髪碧眼の美女                
    しなやかな指に一本のタバコ。
  
(以上はテレビのコマーシャル映像を文章化したもの)
解答例1(女性)
 @なぜ出演者はヨーロッパ系(白人)なのか。
 Aなぜ日本のCMなのに国内の風景を使用しないのか。
 Bなぜ室内でないのか。
 Cなぜ小さな字幕であって、大きく表示しないのか。
 Dなぜ「タバコは健康を損なうおそれがある〜」と抽象的なのか。
 EなぜタバコのCMが放送許可されるのか。
@について考えられるのは、依然として存在する、日本人の欧米人に対する容姿コンプレックス、憧れであろう。
Aについても同様で、海外の雄大な景色、日本にない景色への憧れがある。日本人のこの傾向は強く、何でも欧米化しようとし、向こうの美しいものは無条件に受け入れる。明治の文明開化以降の一種のインプリンティングではないかと思われる。私自身、資料にあるCMを想像すると妙に清々しく爽やかである。
Bも含めて、開放的で伸びやかなイメージは人間にとって心地よいものである。そこにうまくタバコを折り込ませて、タバコの印象をよくしている。確かに紫煙こもる陰うつな室内の映像を見て、タバコを買いたくなる者は少ないだろう。
また、これらのCMは若者受けする映像でもある。タバコは習慣性のものだから、年を取った喫煙家はすでに定期的に購入するので、新しく喫う者の確保を目指しているのだろう。
Cについては、タバコ問題を大々的に取り上げたくないという製作者側の意図がみえる。音声にしないのも、音にすると耳に残ってしまうからであろう。
解答例2(女性)
Q.なぜ日本人はテレビコマーシャルに西洋人を登場させるのか。
日本人は白人にとてもコンプレックスをもっている。食生活の変化に伴い、日本人も身長が伸び、手足も以前より長くなり、白人に近づいた。しかし、髪を金髪に染めたり、カラーコンタクトをはめたりして、もっと白人の容姿になりたがっている。そんな日本人は白人の目から見たらとても滑稽に映るだろう。確かに雄大な山脈や白亜の城に日本人を登場させるよりもヨーロッパ系のたくましい男や金髪碧眼の美女のほうが似合うかもしれないが、日本のコマーシャルなら日本人を使えばいいように思う。背景を縁側や富士山にすれば、日本人がタバコを吸っていても全然おかしくないはずである。あるウーロン茶のコマーシャルで中国人の女の子が出演している例や平安時代の格好をした男女の出てくる緑茶の宣伝のほうがユニークでおもしろい。とはいえ、白人を登場させるほうが「カッコイイ」と思うほど、日本人の白人に対する憧れは根強い。
Q.喫煙についての警句を最後に小さな字幕を出すくらいなら、なぜタバコのコマーシャルをやめないのか。
コロンブスの大西洋横断以後、百年くらいの間に、アメリカ大陸からヨーロッパへ、ヨーロッパからアジアへと喫煙習慣がまたたくまに世界にひろがり、その有害性が歴然としている現在でもなお、多くの人々がその習慣から解き放たれないでいる。その理由は、タバコが麻薬と同様に強い習慣性または依存性をもっており、しかも麻薬と違ってただちに危険というわけではなく、また人格破壊をともなうわけでもないので、喫煙習慣をもったまま普通の社会生活を営むことができるからである。タバコ産業が莫大な利益をあげ、その税によって国家をうるおしてきたため、タバコに経済的に依存する体制から社会がなかなか脱却できないでいるという現実もある。
 
日本では、他の先進国はもちろんのこと、一部の開発途上国と比べても喫煙対策に著しい遅れが認められる。テレビでタバコのCMをしているのは、日本、フィリピン、マレーシアぐらいで、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、シンガポールではすべてのタバコ広告、イヴェントを禁止している。日本のテレビは5時から22時54分までタバコ広告の自主規制をしているが、未成年者でも深夜まで起きていることはめずらしくなく、深夜番組をビデオ録画することができる時代であるから、この自主規制は無意味に等しい。しかも例のようにCMが若者の気を引く音と映像で構成されていることも問題である。
 
タバコの製造側は、売ることに意義があるため、たとえ未成年者が買ったとしても売り上げに貢献してくれるので有り難いことなのであろう。米国も、国内では模範的な喫煙対策を行っているが、タバコを輸出することについては野放しの状態であり、いかにもアメリカ的な魅力で米国製タバコを国外に売り込んでいるのである。

金沢ひまわり平和研究室 平口哲夫執筆の文献  管理者 平口哲夫