平口幸枝:一創会創立に参加



一創会の主張
「一創会は各々作家が自由に何ものにも制約されることなく創作活動をし、各々が目指す美の表現を広く研鑚し向上することに資することを目的とします。」
(図録『第1回一創展1979』より)


1979年(昭和54)、国本克巳が北村脩(代表)らとともに一創会を創設。国本と行動をともにし、一陽会から一創会創立に加わった7人のうちの一人に平口幸枝がいた。創立を思い立った理由について克巳の弟昭二が指摘するのは、「中央集権の傾向への異義申し立て」である。「絵を描くことが好きだから自分自身のものを描く以外に道はない」という国本の言葉(北國新聞社編集局,1991)は、会員各自の個性と自由な画風を重んじる一創会のよさを象徴しており、幸枝の共感するところでもあったろう。

図録『第1回一創展1979』には、会員26名の氏名が列記されている:鮎川周三、*今村昭寛、*上原重和、大沢包房、*北村 脩、北川節子、*国本克巳、滝川 巌、高巣典子、竹内俊彦、田島郁男、田畑 弘、谷井 清、出口常智、成瀬数富、半井 亨、西川正彦、埜谷次郎、中野竜二郎、*原 徳太郎、平口幸枝、藤吉律子、三觜正之、宮本 清、横塚 繁、吉永純代(*印は創立会員)。役員・委員欄・地方支部欄には、「北陸代表」として国本克巳、「石川」として宮本清、埜谷次郎、滝川巌、平口幸枝が記載されている。そのほか、「推薦」として16名、「特別会員」として45名、「後援会会員」として60名が列記されている。

[文献]
北國新聞社編集局,1991:「洋画人脈―一創会」,『美術王国』,106-110,北國新聞社.

華徳 金沢ひまわり平和研究室 管理者 平口哲夫