第1回日本伝統捕鯨地域サミットに参加して

平口 哲夫

(金沢医科大学学報,110:50-51,2002)


T 長門サミット

去る3月21日(金)、山口県長門市仙崎のルネッサながと・文化ホールにおいて、第1回日本伝統捕鯨地域サミットが開催された(主催:長門市・〔財〕日本鯨類研究所、後援:水産庁・IWC下関会議推進協議会)。湯本温泉の大谷山荘で開催された前夜祭は、伝統芸能「通鯨唄」(長門市通鯨唄保存会)・「鯨太鼓」(太地町鯨太鼓保存会)の実演と各地に伝わる鯨料理の披露がなされ、たいへんな賑わいをみせた。

1982年IWC(国際捕鯨委員会)においてモラトリアムが採択されて以来、商業捕鯨の一時停止により鯨食の機会が減少し、偏った鯨類観による反捕鯨運動が広まるにつれ、食料資源としての鯨の価値が一般に薄れつつある。そこで本サミットは、日本の捕鯨を将来の世代に引き継いでいくため、捕鯨をめぐる歴史・文化について一般市民に広く理解してもらおうと開催された。

基調講演「日本の捕鯨史:縄文時代から現代までの鯨との関わり」では、最初に私が「縄文〜古代捕鯨と食の多様性」、つづいて、森田勝昭氏(甲南女子大学教授)が「近世から近現代へ―捕鯨技術の変化と伝統―」、高橋順一氏(桜美林大学国際学部教授)が「現代日本の捕鯨文化」と題して講演した。

U 鯨食9000年

パワーポイントで作成したスライドショーの末尾に、@すでに縄文時代早期(約9000〜6000年前)にイルカやクジラを食べていた、A遅くとも縄文時代前期後葉(約5000年以上前)にはイルカ漁が行われていた、B遅くとも弥生時代中期(約2000年前)にはクジラ漁が行われていた、C日本食の多様性は縄文時代以来の伝統である、と書いておいた。

ところで、発表準備中に読んだ本に、スコットランドの北端アウターヘブリデス島では手銛によるイルカ漁が1万年以上前から行われていたように書いてあった。ZOOARCHというメーリングリストを利用して、あるイギリスの動物考古学者に問い合せてみたところ、スコットランドの遺跡から出土した鯨類骨の最古のものは、7000〜4000年前の中石器時代に属し、しかもこの年代は正確さに欠けるとのことであった。アウターヘブリデス島付近の海底からは骨製銛が採集されているが、これをもって1万年以上前にイルカ漁が行われていたと断言することはできないし、また、鯨類骨が遺跡から出ているというだけでは積極的に捕獲したという証拠とはみなせない。

なお、縄文時代早期の年代について補足すると、上限については10000年前とする人も9500年前とする人もいる。こうした違いは、理化学的な年代測定値に誤差やバラツキがあるからだ。いずれにしても、確かな証拠によるかぎり、遺跡からの鯨類骨出土例は日本のほうがヨーロッパよりも古いし、また、イルカ漁の起源という点でも日本のほうが古い。

それはともかく、重要なのは、東西を問わず大昔から鯨類を食用やその他の目的で利用してきたということだ。特にアジアの代表的捕鯨国日本と、ヨーロッパの代表的捕鯨国ノルウエーは、どちらも狭く険しい地形をした島国ないし半島国であるため、畜産に向いておらず、動物性食料の多くを海産資源に依存してきたという点で共通している。ノルウエー海岸部には、中石器時代から新石器時代にかけての岩刻画が多いが、鯨類や捕鯨の様子を描いたものもある。東西を代表する捕鯨国が捕鯨の起源という点でも似かよっている点に注目したい。


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